Nicotto Town


小説日記。


夢飼い。【27】




Story - 4 / 1



窓の外を見るのが好きだった。
色々な色を見せてくれる透明な窓ガラスが好きだった。
青空も。曇り空も。雨空も。雷も。雪も。
全部全部、好きだった。

でも、嫌いになった。

いつから閉じ込められたのか忘れてしまった。
雪みたいに真っ白な床も、壁も、〝空〟も、もう見飽きた。
手を伸ばせばすぐそこにあるそれにうんざりした。

揺らせば波紋を広げるコップの水が嫌い。
食べても死ねない真っ赤な林檎が嫌い。
水が無いと涸れてしまう花が嫌い。
外の世界をおもしろ可笑しく映すテレビが嫌い。

だから全部壊そうとした。

なのに君は、どうして私の、邪魔するんだよ。




夢を見ていたような気がする。
でも、見ていなかったような気もする。

ぼんやり白い空を見上げる視線は焦点を結んでいるわけじゃなくて、
文字通りぼやけて、何も見えなくて。
顔を横に向けると、窓があった。
上半身だけ起き上がる。背中が痺れたように痛かった。
白い綿が降っていた。世界が真っ白だった。
目に映るもの全てが白くて、こんなに味気なかったっけ、と思う。
他にはどんな色があったのか思い出せないくせに、
わだかまるもやもやだけは穴空きチーズみたいに抜け放題の記憶の中で漂った。


私は、わたし。
わたしは、だれか。
だれかは、わたし。
わたしは、私。

回って、廻って、まわって。
ずっと傍に居た、〝君〟のことだけを覚えてる、空っぽの私。


看護士さんの質問に答えた。
最初は簡単だったのに、意地悪な質問をするからわからなくて、苛々して、
看護士さんの持ってたペンを横取りして、腕にぐりぐり刺した。

怒られた。

点滴をさされてベッドにひとりぼっちにされた。
ひとり部屋は広くて、狭くて、怖い。

何を覚えてて何を忘れちゃったのか覚えてない。
簡単な言葉とか、物とか、わかるのに、誰も覚えてなくて。
それって結局なにもかもなくしちゃったのと同じな気がして、
私は、わたしが、わからない。

わたしってだれだっけ。
看護士さんは「いぬいちゃん」って呼んできた。
専属だって言ったお医者さんは「綿野さん」って呼んできた。

どっちが私なの?
どっちも私なの?

なにそれ。
わかんないよ。
誰か教えてよ。
もう覚えてないや。
なんでもいいよ。

もういいよ。


「――乾」

声がした。
ドアを開けた音は、聞こえなかった。

びくりと自分の身体じゃないみたいに肩が震えて、急に息ができなくなる。
苦しい。苦しい。苦しい。心臓がうるさい。速い。痛い。

鼓膜を撫でる声は聞き覚えがあって、懐かしくて。
ゆっくり、ゆっくり振り向いた。
ぼやけた視界に映るのは、輪郭さえも曖昧な「誰か」だったのに。

「…………ゆ、き……?」

声を発することで痛みを訴える喉から、口を突いて勝手に出た言葉。

君は君のままで。
色褪せて壊れて穴だらけになった記憶の中で鮮明に笑う君がそこに居た。

私はその日から、「乾」になった。




*****

随分お久しぶりになってしまいましたね。ごめんなさい。
ちょっと文章が振るわず、納得がいくものに出来ず時間が経ってしまっていました。


それではここまでおつきあい頂いた画面の向こうのあなたに最高の感謝を。

― 糾蝶 ―






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