Nicotto Town


小説日記。


夢飼い。【25】





Story - 3 / 5






僕は一つ、間違いを犯していた。








僕は乾をお見舞いにいく前に駅ビルの本屋さんに立ち寄っていた。
そのために早起きして家を出ると、いつにも増して外は寒かった。
雪でも降るんじゃないか、と思った。

乾は何が好きだったかな。
ライトノベルの新刊コーナーで立ち止まり、鮮やかな表紙のたくさんの小説に目を走らせる。
星の数だけ本があるというけれど——、この本屋さんにある分だけだって、ある意味星の数なんじゃないかと僕は思った。

「……これかな」

以前、学校で乾がこの本を僕に語ってくれたような気がする。
ほとんど理解できなかったけど面白そうなことだけは伝わって、
あとで借りてみようかなとか思った、気がする。

記憶障害かな。

ということで積み上げられた新刊のちょっと下の方から一冊引き抜きレジへ直行した。


僕はミステリ本を購入した。
3年越しの新シリーズで、柄にも無く舞い上がって衝動買いしてしまった。
ハードブックだったからお値段は痛快だった。

「…………、」

外に出て空を見上げると、どんよりたれ込めた薄い灰色の雲から白い綿が舞い落ちていた。
ふわふわと街を白く飾り、下界の気温を下げていく。
無意識に出た小さな溜め息が真っ白な吐息に変わった。
駅ビルのエレベーターを改札で降りずに一階まで降りると、バス停のあるロータリー付近に出られる。
そこから左に行くと、一つだけ切り離されたような区画があって、
少々長い階段を昇ると自転車の駐輪場になっている。
これから病院に行くために自転車を漕ぐのは少し面倒だったけど、
僕の義務と乾のために、と心に念じて階段を昇り始めた。
どうして駐輪場が上にあるんだろう。
迷惑きわまりない。おまけに高齢者の方以外エレベーターを使うなとのご達しもある。
おかげで元気な学生の僕はこうして楽しくもない階段を昇り降りしなきゃいけない。

乾はまだ夢の中だろうか。
それとももう起きて、虎崎さんが手を焼いてくれているだろうか。

僕は無意識に階段を昇っていた。

かつん、とローファーの踵が階段を踏む。
かつん、とローファーの踵が階段を踏んだ。
かつん、とローファーの踵が階段を踏んでいく。
ぺた、とローファーの爪先が階段を踏んだ。

「……ッえ、」

ぐらり。
視界が傾ぐ。
後方へ、背中が吸い込まれるように。

あれ
なにこれ


空が見えた。
綿雪の降り注ぐ空が。

今年は雪が多いな、と思った。


「――――乾」

ごめん


                  _________暗転。




*****


ここまでお付き合い頂いた画面の向こうのあなたに精一杯の感謝を。

− 糾蝶 −






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