ジャンヌ・ラピュセル
- カテゴリ:自作小説
- 2013/02/03 23:14:04
息を切らしてジャネットは逃げていた。
(もう、これ以上は走れない。)後ろからはアルフガルドからやってきた豚の顔をした魔物オークが二匹やってくる。(止まれば食われるの?ああ、いやぁ)
木々に囲まれた坂道を四つんばいになりながら這い上がる。
もう少しで、もう少しで教会に辿り着く。白いエプロンは破れ、大好きな赤いスカートも破れて膝から血を流しながらも前へ進む。
オークの一匹は立ち止まり、斧を投げようとするのが見える。ジャネットは反射的に転がった。右へ転がるつもりが下へ転げ落ちた。転げ落ち続けて止まった先はオークの足元だった。
オークは卑しい笑いを浮かべて斧を振り上げた。
(こんなところで死んじゃうの?)ジャネットは目をつぶった。
「早くこっちへ」と、弓矢を放った牧師の声が響く。
矢を脳天にいられたオークは坂道を転がり落ちて行く。
後ろにいたオークもそれに巻き込まれ落ちて行った。
ジャネットは駆けつけた牧師に支えられて立ち上がり、再び坂道を登り始めた。
「あの…ありがとうございます」
「いや、人として当然だよ」と、牧師は微笑んだ。
「この国はもう滅びてしまうのでしょうか?」
「ただ一人の聖女様でも現れてくれたら話しは別だけど…。今のままではわからないよ」
「ただ一人の聖女様かぁ。私とは正反対の人だったのだろうなぁ」
「それはどうして?」
「だって…私はみんなが信じている創造主様を信じていませんもの」
「そうなんだ。じゃあ、君は何を信じているの?」
「夜の女神ニュクス様です」
「神様は唯一無二。創造主を置いて他にはいないんだよ。聖書の教えに背き、その他大勢の神と呼ばれるモノを信じるのかい?」
「いいえ。私にとっての唯一無二が夜の女神ニュクス様なのです」
「うーん……まあ、これ以上は無駄みたいだから話すのはよそう。ボクは宇宙を創られた創造主を信じている。その導きがあって…ここにいるし、今、君を助けることもできたと考えている。たぶん、ボクも正しいし、君も正しい。それでいいかい?」
「私も正しいし…あなたも正しい?ふふ。おもしろい考え方をされますのね」
「そうかな?師の受け売りだよ。じゃあ少しの間ここにいてね。この地面に突き刺さった錆びた剣のそばにいれば安全だから。ボクは教会の周囲を探索してくるよ。君のように逃げ遅れた人がいないかね」
「あの…私はジャネット・ヴァスカ・ダルク。あなたのお名前は?」
「ボクかい?ボクはリルル・ガランド。リルルでいいよ」
「じゃあ、私はジャネットでお願いします」
「ああ、わかった。じゃあジャネット。そこでじっとしているんだよ。魔物が出て来てもその錆びた剣の結界が守ってくれるから」
「この剣が結界なんですか?そばにいればいいんですね。わかりました」
「その剣の名は伝説に出てくる「ただ一人の聖女」が神にあたえられし赤き武器とされている。試しに触ってみるといい。選ばれし者なら「声」が聞こえるんだってさ。まあ、噂だけどね。そう、伝え聞いている。何世代も前からね。ちなみにボクは何回も触っているけど今だに「声」は聞いたことがないよ。あはは。どうだい暇つぶしには持ってこいだろ?もしも君が「声」を聞くことができるなら……ジャネット、君の部下になってやるよ」
「……」ジャネットは舌を出して目を閉じた。
「はは。その元気があればいい。いいかい?決して離れては駄目だよ」
「はーい」と、返事をしてジャネットは「錆びた剣」を見た。チラっと見て教会の白い壁に目を移す。(触ってみたいわ。いや、駄目。もしも声が聞こえたらどうするの?大変なことに巻き込まれるのよ。でも……私が選ばれし者であるはずが無いわ。創造主を信じずに夜の女神を信仰しているのだもの。あの熱心な牧師様でさえ聞いたことが無いとおしゃっていたわ。ええ、大丈夫よ。私は選ばれし者なんかじゃない。そうよ、ただの村娘よ。決して聖女なんかじゃないんだから。)
ジャネットは地面に突き刺さっている剣にちょんと、触ってみた。「祈りを捧げよ」と、「声」が聞こえてきた。
(え??何?どういうこと?)
「あの、牧師様。リルルー。驚かさないでくださいよ……声色まで変えて悪趣味ですよーー」と、ジャネットは牧師リルルを探すがどこにもいない。
ジャネットはおそるおそるもう一度、剣に触ってみた。「祈りを捧げよ、主(あるじ)よ」
ジャネットは辺りを見回す。何度も何度も見回すが……誰もいない。ジャネット以外は。(これはきっと幻聴。そうよ、ただの思い込みよ。)ジャネットは決意して力いっぱい剣の柄の部分を握った。
「わが声が聞こえているはずだ。わが名はデスサイズ」
(うそ……。)
「祈りを捧げよ、主よ」
(何故あなたが「デスサイズ」なの?夜の女神ニュクス様に与えられし唯一の武器の名を何故あなたが語るの…あなたは創造主が主でしょ?)
「ニュクス様こそがわが主だ。今も昔も変わりはない」
(じゃあ、「ただ一人の聖女」様はニュクス様その人だというの…五人の魔王を宝珠に封印し、闇を支配されたお方、世界を救われたお方…それがニュクス様。わかったわ…ニュクス様に対する祈りならいくらでも捧げるわ)
ジャネットは剣の柄を握ったまま、深く息を吸い込み、ゆっくり吐き出す息と共に祈りを捧げた。
「夜はまだ訪れていませんが、昼間に祈ることをお許しください。
夜の女神、ニュクス様…あなたの鼓動を今日も感じます。大地の息吹から、森の木々の囁きからあなた様の鼓動を感じさせて頂いています。神に与えられし唯一の武器、赤き武器によりて永遠の終わり、絶対なる無、完全なる許しを与えられるニュクス様。どうか私に終わりを与えてください。そして慈悲深い許しをお与えくださいましたこと感謝いたします」そう、ジャネットは普段どおり祈った。ただいつもと違うのは「デスサイズ」を握っているということだ。デスサイズは赤く輝き始めた。
赤く輝く武器…神に与えられし唯一の武器。「デスサイズ」…あの牧師さんを。リルルさんを助けてあげて
「たやすいことだ。牧師を襲っている魔物たちに終わりを与える。それにそもそも魔物はニュクス様のしもべだ。奴らも主(あるじ)に出会えて嬉しいことだろう」
遠くの場所でリルルを囲んでいるオークたちが地面から突き出た赤く輝く武器に貫かれ絶命する光景が瞼の奥に映る。数多の命が終焉を迎えて「無」へと帰還する。
「終わりを…。そして慈悲深い許しをお与えくださいまして感謝いたします」と、ジャネットは目をつぶったままつぶやく。
「誓いをたてるか???そなたなら知っていよう」
「ううん…わからない。誓いとは何???」
「三つのモノをお返しするのだ。それはわれは伝えることができぬ…。そういう契約だからな」
「そう…」木々が揺れる。足音と荒い息遣い。リルルが走って来ていた。
「大変だ、大変だ。ジャネット、聖女様だよ!赤く輝く武器を見たんだ」
それだけ叫び終わるとリルルはジャネットを見て驚いた。赤く輝く武器がジャネットの右腕に収まって行くからだ。収まりきった後にジャネットは目をつぶる。
再び目を開くと、その目は赤く染まり、「ただ一人の聖女」と同じ六芒星の聖なる印を宿していた。
続く。
このお話、なんだか壮大ですね。わたしの小さな世界とは、まったく大きさが違うようです。少しお時間くださいね。ゆっくり読ませていただきますね。