ロード&スカイ(メモメモφ(・(エ)・`)..
- カテゴリ:音楽
- 2013/02/01 11:30:05
1974年のプロ・デビュー以降、浜田省吾はホリプロに所属していたが、音楽的な方向性の違いやコンサート・ビジネスに対する考え方の違いから、独立を考え始める。特に、1982年に浜田が太陽光発電所での野外ライブを提案した際に、政治色の強いイベントに消極的なホリプロ側との溝を埋められず、最終的に堀威夫社長に直談判し独立を了承された。
事務所の代表取締役社長には浜田のマネージャーである高橋信彦が就任。彼は愛奴の元ベーシストでもある。浜田はあくまで所属ミュージシャンとして契約し、経営には一切参画しないという方針を採った。
事務所設立によって、コンサート会場やバンド・メンバーのブッキングが自由に行えるようになる。事務所を支えるという目的もあって、1980年代は毎年100本近いコンサート・ツアーをこなした。
長らく浜田の個人事務所状態であったが、1990年代に入ってから「そろそろ後輩を育てていく時期じゃないか」ということになり、メジャー・デビューに際してスピッツと契約する。デビュー後しばらくはヒットに恵まれなかったが、1995年に「ロビンソン」が大ヒット。以降、浜田省吾とスピッツの二枚看板で事務所を支えていく(現在、スピッツのマネージメント事務所は「グラスホッパー」として分社化されている)。
また、ラジオ番組で浜田が語ったところによると、メジャー・デビュー時のユニコーンと契約する話が持ち上がったという。同じ広島出身ということもあり話が進められたが、結局実現しなかった。
1995年7月1日にはロード&スカイ所属のアーティストが集まり、阪神・淡路大震災復興支援のチャリティー・シングルとして「我が心のマリア/恋は魔法さ」を発売している。
その後も、尾崎豊や斉藤和義、Jリーガーの三浦知良が所属するなど、日本の芸能・音楽事務所としては中堅規模のグループに発展している。2001年4月には大幅な組織改編が行われ、マネジメント事務所の他に、音楽出版社、ファンクラブ運営会社など体系別に分社化された。また、2005年にはアニプレックスと共同で声優のマネジメントを目的とした「ボイス&ハート」という事務所を設立している(現在はマネジメント業務からは撤退)。
名前の由来 [編集]
ロード&スカイという事務所名は、浜田省吾が敬愛するアメリカのシンガーソングライター、ジャクソン・ブラウンの楽曲「Road and the sky」から拝借している。
また、「ロード」はコンサート・ツアーを、「スカイ」はレコード制作をそれぞれ意味している ウィキペデイアより
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「スピッツ」が好きという人と であったので
確か 省吾さんと同じ事務所だな~と思って
調べてみました
その中で1番、ってなかなか決められないって事ありますよね。
教えてくださってありがとうございます。(๑◡‿◡๑)
「丘の上の愛」http://www.youtube.com/watch?v=nlrXG0mRvYw バラードから聴き始めました
「片想いhttp://www.youtube.com/watch?v=2P0rkxv8T6c」も好きです
インパクトもあるし、壮大さも感じます!
浜田省吾さんの曲は、全然持っていないのですが…
リリさんイチオシの曲などありましたら、
聴いてみたいので、ぜひ教えてください!
抽選なので ドキドキ((〃゚艸゚))ドキドキです^^
もうすぐ発表^^