Nicotto Town


小説日記。


夢飼い。【19】





Story - 2 / 8



下半身不随になってベッドから動く事も出来ない乾が
昨日しようとしていたことはやっぱりわからなかった。
虎崎さんから後で電話で訊いた話だ。


——乾は治るのか。治らないのか。
そもそも治る見込みも無いから、僕は傍に居るだけで良いと言われたのか。

皮肉だ。

いつだって乾は非現実を求めていた。
ライトノベルや文庫本、何だって良い。
あの仮想の世界を夢見ていた。
勿論現実と妄想の区別がつかないような人間じゃないし、
そういうものを追いかける節度だとか弁えていた。

だから〝死〟に、取り憑かれてしまったのかもしれない。

遊里は普段から、常にどこか達観したような顔をして世の中を見ていたような気がする。
廚二なんてとうの昔に卒業したと言わんばかりに。
それは乾と正反対で、ある意味完璧に同じだった。

だから乾は、追いかけたのかもしれない。

遊里が見たものを。
遊里が得たものを。
知りたかったのかも、しれない。



翌日。
昨日と同じ11時20分過ぎ。
だいたい11時に家を出るとこの時間に着く。

僕が病室に行くと、虎崎さんは居なかった。
代わりに乾が大騒ぎしていた。

「——ぅぁ゛あああああああああああああああああああッッッ」

この世の終わりみたいな絶叫。
乾は点滴のチューブを振り乱して、両手で空中を激しく引っ掻き回していた。
言うまでもなく、そこにはなにもいない。

呆気にとられる僕。
どうしよう。またなにもできない。

でも絶叫は止まらない。
そのうち涙声が混じり始めて、泣き叫んでいるような声に変わった。
そして不意に、がしゃああッッん。
点滴が床に思い切りぶち当たる音で我に返る。
同時に、べり、と剥がれて、ぷち、となにか外れた音。
見なくても解る。また点滴のチューブが引きはがされたんだ。

「ッ、乾!!」

ようやくショート寸前の思考が動き出した。
正確には身体が、勝手に、というやつだけど細かい事は気にしない。

「ぃぎぃぃぃあああああああああッッああああああああ」

鶏が首を絞められたような絶叫。
もう人の声じゃなくて、ただの奇声だった。
照明を裏拳でぶっ叩いて、シーツを引き千切ろうとして、
テーブルの上に置いてあった飲み水もお見舞いの花もぬいぐるみも眼鏡も
全部払い落とした両手、両腕は、まるで暴力を振るわれたように真っ青だった。傷だらけだった。
点滴の針がつけた傷からは、昨日の傷のせいで鮮血が溢れ出していた。
滴るほどではないけれど、腕が擦れた場所には、赤い跡が点々とついていて殺人現場みたいだった。
砕け散った硝子のコップが床を滑らせる。

「やめろ乾!」

そして残るはテレビだけ。
当然落とそうと両手を伸ばして、画面の両端をむんずとつかんだ。
その手を、止める。

細くて傷だらけの腕は、つかんで引きはがそうとしてもびくともしない。
一体どれだけの力が込められているのか、液晶画面がみしみしと悲鳴を上げ始める。

「やめ……ろ……!離せってば……!!」
「ぎぇあああああああああああああぁぁあぁあぁッッ」

耳元で叫ばれた。
シャレにならないほど耳が痛い。
耳鳴りがする。うるさい。もうなにがなんだかわからない。

から。

「——ッッ」

しょうがないから、乾を押し倒した。

液晶画面をつかむ乾の両腕の下に自分の腕を入れて逆に肩をつかむと、無理矢理引き剥がす。
乾はさっきの大騒ぎが嘘のようにぴたりと、水を打ったように静かになった。
そして思い出したように苦しげに咳き込んで酸素を貪る。
荒い呼吸がわんわん耳鳴りを残す鼓膜をむやみに引っ掻いた。
潤んだ乾の瞳がまっすぐに僕を見つめていた。

「……ゆ、き……?」

すっかり潰れてしまった喉が掠れた声を漏らす。

「おはよう、乾」

なんだかどっと疲れた。
自分でもわかるほど疲れきった声で、正直驚く。
そんなに運動してないし。

「……ゆき、由貴……ッ由貴ッぃぃ……由貴、由貴……!」

そして乾の薄い唇から漏れる、濡れた涙声。
確かめるように、縋るように。
何度も、何度も僕の名前を呼ぶ。

ぼろぼろと溢れ出す透明な雫。
目の前で泣かれたのは2回目。

でも、だからって慣れるわけじゃあ、ない。

「……大丈夫、ここに、居るから」

乾。
君は、僕を本当に覚えてるの?

——それは訊いてはいけないこと。
胸にしまって、僕には〝傍に居る〟ことしかできない。
それは逃げで。それは甘えで。
僕にはそれしか出来ないって、勝手に決めつけてるだけで。

「ごめん」

だから、謝る。

乾の上からどいて助け起こすと、僕はいつかされたように乾を抱きしめた。
きつく、きつく。
ちょっと速めの鼓動が伝わって、しゃくりを上げて泣く乾の生温い涙が首筋を濡らした。
どうしようもなく、細い身体。
それでも死に損なって、精一杯生きている。
頭がイカレても、律儀に生き続けようと頑張っている。

「——由貴、ゆ、き……ッぁあ、ぅ……ぅああああああああ……ッ」

いつまでも泣きじゃくる乾の声が、僕の鼓膜に焼き付いて、
その日帰って、夢の中でまで。

ずっと、頭の中に響いていた。



*****

歪んだ想い、壊れた日常。
二人はすれ違い、重なって。


無理を言って小説だけ書かせてもらいに来ちゃいました、てへ
このあとはすぐに下に戻ってゲームをしますぐへへ
シュタゲ、改めてすごく良い作品なんだなってしみじみ感じました。
二度も号泣。ガチ話。

——それではここまでお付き合い頂いた画面の向こうのあなたに、最高の感謝を。

− 糾蝶 −





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