Nicotto Town



初夢の続きは (16)


記憶は仕舞われた

閉ざされたこの記憶を、

いとおしむように抱いていた

黙って繋いでくれた指先から

伝わるもの

求めていた何かより

与えられた何かを

忘却と融合そして再生へ…。

流れる時間に追いかけられても 

この願いだけは消えないように…




『初夢の続きは』 scene16 『revive~蘇生』




月が眩しい。

それもそのはず今日は満月だ。

月を眺めているだけなのに、なぜか落ち着かない

月明かりのせいだろうか? それとも…

それ以上考えることはせず、部屋の明かりを消した。

すると月と僕とを繋いだ窓が、今にも開いて彼女が現れそうな気がした。

契約は成った。

あとは奇跡が起こるのを待つだけだ。

けれど窓の先にある満月は何も言わない。

「霞 松梨」

念仏を唱えるように何度もこの言葉を繰り返した。

そうしないと此処にいられない気がした。

月は何もかも根こそぎ奪ってゆきそうな、妖しい光を湛えていて

怖いような美しいような複雑な感情に囚われた。



階段から一人の女の子が降りてきた。

女の子は中学生か高校生 少なくとも僕からは随分と年上に見えた。

突然、口が開きひとりでに言葉が紡がれた。

「お姉さんは誰?」

彼女は質問には答えなかった。

けれどもこちらを見て言った。

「それで、あなたは何をなくしたの?」

 ”あなた” そう言われたのは初めてだった。

その言葉の中には、暖かさと冷たさが同居しているような

奇妙な温度が感じられた。

なぜだか彼女の顔を直視するのが躊躇われた。

何を言ってるのかわからない。

けれど何かを言わなければいけない…。 

ようやく下を向き絞るように声をだした。

「なくした……の?」

聞き取れる声であったかどうかは甚だ怪しい。

反応が無いのを訝しみ俯いていた顔を上げると

そこには誰もいなかった。

まるで最初からそこには誰もいなかったかのように…。

彼女が立っていた辺りに目を凝らすと小さな水溜りが出来ていた。

本当に小さな水溜りなのに、

なぜかとても深く…

どこまでも深く……

奥底には言いようのない魔物が潜んでいる気がして直視することが出来なかった。

水の底を覗いてしまえば、その魔物と目が合ってしまうかもしれない。

それが怖くて、目を背けてしまったのだ。




「悟~梅子ちゃんから電話よ~」

月を見ていたはずだったのに、気が付けばちゃんとベッドで寝ていた。

それにしても後味のよくない夢を見せられたものだ。

細部までは覚えていないけれども、

言いようの無い気持ちの悪さだけは覚えていた。

あまり気持ちのいい目覚めではなかった。

「はいはい、今出ますよ」

梅子からの電話に、悟はおまじないのことを何一つ話さなかった。

四葉の効果を疑っているわけではなかったし

間違いなく今日中に松梨に会えるはずなのだから

細かいことはもうどうでもいいと思った。



日常は、簡単に崩れ出し

崩落を始めたら二度と戻りはしない

いっそ恐ろしいものが現れて

「今までの楽しい時間は終わりだよ」

と告げてくれればどんなに気が楽だったことだろうか…。

梅子にはこのことは言えない。

いや、梅子どころか誰にも言えない…。



結局奇跡は起こらなかった。

契約が完了したあの日も…

次の日も…

そのまた次の日も…

何日たっても松梨は姿を見せなかった……。

結局あれほど苦労した四葉にはなんの効果も無かったのだ。

そりゃそうだよな

やっぱりあんな葉っぱに何か出来るはずもない

諦めにも似た感覚が体中を支配すると、奇妙な違和感が襲ってきた。

「あれ?」

手のひらを結びグーを作ってみた。

やっぱり変だ。

力を入れているはずの手の感覚がひどく薄っぺらいものに思える。

「ん?」

なんだかそこに自分の手が存在しているような気がしなかった。

手だけではない、足も頭も身体全体が…。

砂山が少しずつ崩れて形を無くしてゆく様に、

自分のあらゆる感覚が薄れていくように感じた。

さわさわと庭木の葉が揺れていくのが聞こえる。

時折、前の道を近所の人が通り過ぎる。

何も感じない。 何も考えられない。

意識は魔物に引きずられるように、深い水溜まりの奥へ沈んでいった。




あれからどれくらいの時間が経ったのだろう?

聞こえている声に目を開けた。

「そんなことをしてるとね 心がどんどん壊れていっちゃうのよ」

目の前にいるのは、梅子? なのか?

「……どうしよう?」

かろうじて声が出た。

「いいわ、私が助けてあげる とてもよく効くおまじないを知っているの

 ……少しの間 目を瞑って」

「うん」

梅子の穏やかな言葉に何の疑問も感じなかった。

諭される子供のように、素直に目を閉じた。

額、そして頬に温かい感触、そして体をぎゅっと抱きしめられた感覚。

これがおまじないなのだろうか? 不思議と嫌な感じはしなかった。

「私がなるから…。 松梨ちゃんになるから……」

うわ言のように、梅子はそんな言葉を繰り返していた。

突然涙がこぼれそうになった。

たぶん泣きたくなったんじゃないと思う

怖い目にあったわけでも

悲しい気分になったわけでもない

そういう時に流れる涙とは決定的に違う何かが

体の中からこぼれそうになっている。

それは言葉にはならない、言葉にはできない

かけがえの無い雫……。








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2013/01/26 16:38
次を楽しみにしてます^^



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