初夢の続きは (14)
- カテゴリ:学校
- 2013/01/23 21:07:05
何を見ていたのだろう?
別れが来る前に……。
今までどんなに思い出そうとしても
ただ黒いだけだった瞼の裏の感光紙
記憶の糸を手繰る都度
漆黒のキャンバスは次第に色を取り戻してゆく
目の前の風景は急に色味を帯び
吹き抜ける風は懐かしい匂いがした
閉ざされた記憶を確かめるように繋いでいく時
遠い日の約束は
繋ぎとめたモノクロームの鎖を引きちぎり
闇を蹴って羽ばたく
潜む真実は、甘く苦く
隠そうとしていたあの日は
再び目を覚ます
『初夢の続きは』 scene14 『my wish』
その時の松梨はいつもと少し違っていた。
なにが、どう違っているかと言われると窮してしまうのだが
とにかく心のどこかに、何かが引っかかっていた。
お互い視線を合わせたまま、どれだけそうしていただろうか?
時間感覚を沈黙が狂わせたのか
ひどく長い時間そうしているように感じた。
沈黙を破ったのは、意外にも梅子だった。
「じゃあ、次は私行って来る!」
そういい残すと、トコトコと歩いて行ってしまった。
(そういえば、梅子にも何か願いがあるんだったな)
しばらく背中を見つめていると、松梨が隣へと腰掛けた。
けれどお互い何を話すでもなく無言、そして無音。
彼女の長い髪が、時折風になびきサラサラと乾いた音を奏でるだけだった。
神社の森は静寂に包まれていた。
大きく傾いた太陽の描く木漏れ日は
建ち並んだ遠くの鳥居にまで降り注いでいた。
それはまるで天から伸びた、無数の輝く天使の糸のようで
あらゆるところに白く絡み付いていた。
その光景はとても美しくて、
けれども美し過ぎて、なんだか少し怖い感じだった。
じっと空を眺めていた松梨が突然立ち上がり、こちらへと向き直った。
そして、いきなり何かを歌い始めた。
美しい歌声、でもなんだか怖い。
ちょっと何かの拍子で触ってしまったら崩れてしまいそうで、
悲しさを内包した、ひどく儚いものにも思えた。
メロディも歌詞もわからないまま、松梨の歌にしばらく聴き入る。
なんだかわからないのに、
心の奥を鷲づかみにして、ぐんぐんと揺らされているような感覚。
知らぬ間に、涙がこぼれていた。
何故だかわからないけど自然と泣いていた。
けれど、それを松梨に気付かれないように拭った。
やがて歌声は止み、気がつけば拍手している自分がいた。
「松梨ちゃん、すごいんだね!」
賞賛するような声を掛けると、松梨は少し照れるように、はにかんだ。
「なんていう歌?」
素朴な疑問を口にした。
松梨は、少し考える素振りをしたあと答えた。
「…Das Lied der Trennung」
まるで聞いたことの無い言葉に頭の中が真っ白になった。
松梨はその様子をおかしげに眺めたあと、真顔に戻り言葉を続けた。
「モーツァルトの『別離の歌』よ」
彼女の言ってることは、全体的に良くわからなかった。
何を言いたいのかも。
そしてベツリ…。 聞き覚えのない響きの言葉に少し混乱した。
けれど、さっきまでの歌と松梨の雰囲気からなんとなく理解した。
それはすごく寂しいことなのだと。
「ベツリって何?」
恐る恐る訊いてみた。
松梨はそれに答えようとはせず、小さな指輪を僕の手のひらの上に乗せた。
「何これ?」
「再会のおまじない」
「ん?」
「16歳になったら、結婚できるようになったら絶対に戻ってくるから」
「???」
「またここで会おうね 約束だよ」
「う、うん」
真剣な眼差しの松梨の迫力に押し切られ
なんだかわからないままだったが、手の上の指輪をぎゅっと握った。
「約束」この言葉に強い何かを感じていた。
そう、決して忘れてはいけない何かを…。
しばらくすると梅子がお願いを終えて帰ってきた。
「悟君も、お願いする?」
と梅子に言われたが、お願いなど考えてもいなかったし
何より先ほどの松梨の行動が気になってそれどころではなかった。
「僕は、いいよ」
と、出来るだけにこやかに言った。
日はさらに大きく西に傾いていた。
3人揃って石段に座り、夕焼けに染まり始めた街を眺めていると
松梨が突然立ち上がった。
「おふたりにお話があります」
ちょっと怖いくらいの語気だった。
いつもの饒舌で、強引で、わがままで、それでいて誰よりも仲間思いで…
そんな松梨は、どこへ行ってしまったのだろうか?
明らかにいつもと違う雰囲気で、一言も発せず交互に僕らを見つめていた。
なぜだかわからないけど、不意にまた泣きたいような気持ちに襲われた。
だが、どうしても涙は出てはこなかった。
泣いていたのは梅子だ。
松梨の異変を敏感に感じ取っていたのだろう。
その様子を見た松梨が、堰を切った様に話し出した。
「私、明日から違う町に引っ越します」
「え?」
僕と梅子は同時に声を上げた。
「だから三人組は今日で解散します!」
突然の事で、上手く頭が回らなかった。
それは梅子も同様のようで、口をポカーンと開けたままになっていた。
けれど、直ぐに理解したようでまたわんわんと泣き始めた。
「どこか行っちゃうの? 嫌だよ! いやだよー」
「大丈夫、ちゃんと手紙は書くし離れてても友達だから」
「でも、でも~」
僕は梅子のように泣くことも、すがる事も出来なかった。
梅子が泣きやむまで待って、搾り出すような声で
「帰ろうか」
と口に出すのが精一杯だった。
行きとは違い、色々なことを考えながらの重い足取りの帰り道になった。
ようやく見慣れた地域まで戻ってきたと思ったら
突然、梅子が声を上げた。
「見てみて~」
彼女が指差す方向には、今まさに水平線沈もうとしている夕日があった。
「本当に、綺麗ね~」
松梨もうっとりするように言った。
「うん 太陽が海に溶けちゃってるね」
梅子のこの発言に僕と松梨は固まり、大笑いをした。
「違うよ、梅ちゃん! あれは溶けてるんじゃないんだ。見えなくなってるだけ」
「?? クリームソーダーのアイスみたいなものでしょ? あれって」
その例えが、妙に面白くて大笑いした。
すると梅子も大笑いした。
先ほどまでの重い空気は一変して、すごく楽しい気分のまま帰途に付くことが出来た。
家に着くと先程までの愉快な気分はどこかへと消え去り
神社での出来事を思い返していた。
梅子は、きっと今日のことを忘れるだろう。
忘れなければならない。
けれど僕は忘れない。
たぶん忘れられない。
そしてどうしてもこれでお別れのような気がしない
何か、とても大切な何かをし忘れているようで…。
次が気になります。
後で、また読みにきますね。