夢飼い。【15】
- カテゴリ:自作小説
- 2013/01/19 21:31:03
次の日は葬式だった。
言わずもがな、七神悠里のお葬式だ。
クラスメイトと少数の親族でしめやかに行なわれた彼女の葬式での記憶は、
午前10時から行なわれ午後3時に解散して、もう既に薄らいできている。
なんとなく、ぼんやりと時間を浪費してしまった感覚に浸りながら布団の中でそっと思い返す。
彼女と仲の良かった女子が号泣していたのには納得が行ったが、男子までもが泣いているのは少なからず驚いた。
勿論その数は女子と比べて減るが、悲しみや涙とは人が思っている以上に伝染する。
まるでタチの悪い、病原菌のように。
*
翌日。
雲ひとつ無い、憎らしいほどの晴天。
殺人的な太陽光線に瞼を焼かれて、夢の無い眠りの世界からはっと帰還する。
はっきりしない意識の中、寝すぎた、という意識だけがなぜかあった。
学校は再開と思いきや、悠里に続いて乾が飛び降りてしまったのでまたもや臨時休校となった。
これから一週間ほど、学校から連絡があるまで休校にするらしい。
なんて身勝手なんだ。これだからゆとりと騒がれる。
教育委員会はしっちゃかめっちゃかだろう。
そろそろ屋上飛び降りブームがあちこちの小中学校で巻き起こるかもしれない。
僕らは高校生だけど。
そんなありがためいわくな恋人(永遠の一方通行)は、今日も元気にベッドで眠っている。
昨日葬式から帰ってきて夕方の5時ごろから寝てしまって、起きたらなんと次の日の朝だった。
時計は9時。
最初は見間違えたのかと思った。
そしたら4時間しか経ってないから計算は何も可笑しくないからだ。
カーテンを閉め忘れてしまった窓からさんさんと差し込む朝日が鬱陶しい。
もうしょうがないからとりあえず起きた。
当然のように両親はとっくの昔に仕事に出かけていて、
臨時休校のことを知ってか知らずか一人息子のことなど忘れているみたいだった。
そんなわけで普段着に着替えて朝ごはんのシリアルを食べ終えると見計らったように電話が掛かってきた。
液晶画面の表示された数字は、見間違うはずもない病院のモノ。
嫌な予感にシリアルの詰まった胃を締め付けられながら通話ボタンを押した。
「もしもし由貴くん、学校はしばらくお休みのようですね。
次に登校したとき、二人について先生から色々な質問攻めに合うかもしれませんね。
ご愁傷様です。当たり障りの無い事を答えるのが吉ですよ」
「……虎崎さん」
「そんな暇を持余す由貴くんへ、私からのお呼び出しです。今すぐ来てください。
――お姫様の目が覚めました」
寝すぎから来る頭痛が悪化した気がした。
この間と同じ、呆気なく切られた電話。
受話器にしばらく耳を当てながら思考に浸った。
ああ、そんなことすっかり忘れていた。
ここはありがたく忠告を受けておくべきだろう。あーあめんどくさい。どうしよう。
そして学校が休みなことをどうして知っているんですかあなたは。
じゃなくて。
目が覚めたって?
姫が。じゃあ王子様が迎えに行かないと。わーがんばれー。
ところで王子様って誰だっけ?
「……僕か」
深々と溜息をつく。
胸に湧き上がるのは妙な焦り。
果たして目が覚めた乾は、僕のことを覚えて、いるのか。
受話器を置いて病院へ向かう足取りは、やっぱり急いた。
*
患者さんの数は一昨日と変わらなかった。
受付の未紗さんは自動ドアをくぐった僕に気づくと「行き方は覚えてる?」とご丁寧に訊いてくれたので、
「はい」とだけ答えてさっさと廊下を直進した。
忘れたくても忘れられなくて、とは言えずに。
「遅かったですね由貴くん」
これでも急いだほうなんですが、と口を突きかけた台詞は結局音にはならなかった。
扉の前で乾と対面する恐怖に怯える時間さえ与えず、虎崎さんは僕がドアの前に立った瞬間開けてきた。
見計らっていたらしい。
そこらのホラゲよりよっぽど怖い人だ。
もっとも僕はホラーゲームなんてやったことないけど。
と、僕がずっと黙っていると見透かしたように、
「私が開けなかったら一時間は突っ立ったままだったでしょう?」
笑顔のまま図星を突かれまたも閉口する。
というかこの人一昨日5年ぶりに再会してからとまともに言葉を交わした記憶が無い。
でも事実、怖かった。
「誰ですか」と言われたら、顔では無感情を装えても心の中は大変なことになる。
どうせ、立ち直れない。
「じゃあ、私はちょっと仕事を片付けてくるので二人で何か話していてください」
――万が一の時には焦らずにナースコールのボタンを。
そうして結局僕に一言も喋らせる隙を与えず、
やりたいこと、言いたいことだけサラサラとぶちまけて、虎崎さんは颯爽と病室を出ていってしまった。
どうすりゃ良いんですか。
そもそもこれはわざとですか。
空気読んだつもりでしょうが読めてないですよ。
話せって言われたからって、急にこっちから話題を振って無視されたら、
案の定「誰ですか」って言われたら、とバッドエンドなルートばかりが脳裏を掠める。
音もなく閉じたスライド式のドアを軽く睨みつけると、今日はカーテンの引かれたベッドへと向き直る。
そっとカーテンに手を掛けて、心臓の鼓動が今更煩く自己主張してきた。
深呼吸一回でやり過ごす。
到底落ち着くわけもなく、カーテンを引いた。
少女はベッドから身体を起こして窓の外を見つめていた。
投げ出された細く白い両腕に点滴のチューブが痛々しい。
傷んだこげ茶色の髪が昼ちょっと前の冬の日差しに一際明るい色を透かせる。
後頭部を覆うように頭に巻かれた包帯の他に、本当に外傷は見当たらなかった。
ぼんやりと窓の外を見つめる瞳は焦点を結んでいるのか此方からは見えるわけがなく、
病院着に身を包んだ少女はゆっくり、ゆっくり、振り向く。
「――乾」
いたわるようにそっと声をかけた。
分厚いレンズ越しに僕を見つめた茶色の瞳。
薄い唇が、掠れた声を紡いだ。
「…………ゆ、き……?」
__ああ、なんだ。 ちゃんと覚えててくれたじゃないか、
*****
だがぬか喜びはここまで。
――それでは、もしよろしければ感想等いただければ幸いです。
ここまでお付き合いいただいた画面の向こうのあなたに精一杯の感謝を。
-糾蝶-
ふふふーw
ここからがある意味で修羅場です、のんのさんの裏をかけたら良いなー笑