Nicotto Town


小説日記。


夢飼い。【14】





Story - 2 / 3



――由貴くん、


扉越しに声がした。
落ち着いた声色は駄々っ子をあやすのに似ていて、僕ははっと顔を上げる。
取っ手から手が離れた瞬間に、扉が勢いよくスライドした。


「お姫様を迎えに行く王子様が、今からそんな調子でどうするんですか?」


からかいに似た台詞と裏腹に、僕に差し出された手。
消毒のにおいがする繊細な指先は、乾に似て白くて綺麗だった。

……そこで、思い出す。
その声と、指先と、やけに大人びて綺麗な顔を見て。

床に付いたままの僕の両手は言うことを利かなくて、ぼんやりと焦点の合わない視線を向ける。
困ったように女性は笑って僕の腕を掴んで強引に引き起こした。


「おはようございます、由貴くん。……そしてお久しぶり」


お世辞にもスタイルが良いとはいえない。
華奢ではあるけど背が小さくて、僕と視線が同じだからだ。
ようやく交わった視線に、安堵したように女性は僕の頭をぐりぐり撫でた。


「……虎崎(こざき)さん、」
「正解」

とん、と肩を押され、危うい足元がふらつく。
――虎崎さん。僕のお母さんの妹の、娘。つまりは従兄。だけど歳は、離れている。
ただ、得意か苦手かと問われれば苦手だった。
この人はなんだか道化のようで―――、怖い。


「良かったです、〝誰でしたっけ〟、なんて言われたら私、ショックで寝込んじゃってたかもしれません」

本気なのか冗談なのか、虎崎さんはそう言うと、窓辺に一つ置かれたベッドに腰掛けた。
誰かが眠っているのが見えたけれど、それが誰かなんて明白すぎて、僕は目を逸らした。


「まあそう怒らないでください由貴くん。私が呼び出したのにはちゃんと理由がありますから」

……なかったら本当に怒っているところだ。
あんなに寒い思いをしたのに、労働と暇つぶしじゃ見合わない。

ベッドに横たわった眠れる少女は寝息さえ立てず、死んだように深い眠りについていた。
ベッドから立ち上がった虎崎さんは僕をそこに座らせて、自分は備え付けのパイプ椅子に腰を降ろした。

すぐうしろで、じぶんのすきなおんなのこがねむっている。

相槌もろくに打たずただ垂れ流される話を訊いていた所によると、
昨日の深夜12時ごろ、真夜中の高校に侵入した女子高生、もとい夢遊病者は、
自殺とは名ばかりの飛び降りごっこを慣行。
つい前日、同じ場所から飛び降りた七神悠里の後を追ったものと推測。
――でも乾は失敗した。
ちゃんと下さえ見ていれば、無事に悠里の後を追って紅い水溜りになれたのに。
屋上は校舎の4階、地上から約15メートルはあるだろうから、頭から落ちれば上手くいった。
乾は、下を見ずに落ちてしまったから。
同じだと思って飛び降りをした場所は微妙にちがくて、落下ポイントには教員の白いセダンが停めてあったのだ。
どの先生のものかはわからないけれど、なんだか不憫だ。
泣きたいのは乾の両親じゃなくてその先生かもしれない。
僕には関係ないけど。
……兎にも角にも自由落下した、青少年育成法を堂々と破った夜間徘徊者は白いセダンに激突。
主に後頭部を強打。
図としては、頭からぶつかって身体があとから落ちた感じ。
だからまずその徘徊者は意識が朦朧として視界が真っ黒に塗りつぶされたんじゃないだろうか。
痛みを感じたのかはわからない。

だって僕はそんなことしないから。


「……それで、乾は……」
「はい。飛び降りから7時間後、登校してきた教員に発見、保護されました」


にこやかに答えてくれた虎崎さんは、乾のことをどう思っているんだろう。
どうも思っていないのか。
それとも、頭の可笑しな子が来たと思っているのか。

虎崎さんは、能面のように笑顔を貼り付けたまま、続ける。


「奇跡的に身体にはなんの外傷もありません。しばらく背中が傷むくらいでしょう。
   でも、発見までにかかった時間がまずかったみたいですね。
   心肺は停止しなかったから良かったものの、
   脳震盪で済むほど生易しく頭を強打してないですから」

――脳に、障害が出てしまったかもしれません。


カルテを眺める鳶色の双眸からは何も読み取れない。


わかってた。
わかってたけど。


……僕のほうが、頭を強打した気分だった。





*****


なんだ、ただのフラグか。



――それでは、ここまでお付き合いいただいた画面の向こうのあなたに、精一杯の感謝を。



-糾蝶-





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