阪神淡路大震災から18年。
- カテゴリ:日記
- 2013/01/18 01:32:16
もう 18年たったんだぁ・・・
あの次々と入るニュース速報の映像は、衝撃的だった。
長田地区や東灘区、目の前で家屋がどんどん燃え移っていくのを
水の出ないホースを持った消防士が呆然と見つめている姿・・・
家の中にまだ家族がいる! 誰か助けて~!と、火の迫り来る中
必死に叫んでいる女性の姿・・・
今 思い出しても鮮明で、胸が痛くなる。
ビルが倒壊し、高速道路が横倒しになり、一面焼け野原になった
ボロボロの神戸の街が、美しく復興している。
今年も 追悼会場の東遊園地には、6434個の竹筒に火が灯った。
予想される 「南海トラフ大地震」
もう これ以上 悲しい顔で手を合わせる人たちを増やさない為にも、
真剣に 防災対策を考えて欲しいものである。
我々 一人ひとりも 他人事ではなく、水・食料の備蓄や、防災グッズ、
避難経路など 知っておかなくてはいけないと思う。
何せ 地震列島の上に住んでいるのだから。
1995・1・17
http://matome.naver.jp/odai/2126172608716476301?&page=1
阪神の2年前に 奥尻地震があり、あの惨状に 唖然としたのも束の間でした。
中越地震では 岩に押しつぶされた車の中から、
余震で何度も邪魔されながら、小さな子供が救出されたシーンが心に残っています。
こうしてみると 危うい場所に 我々は住んでいると、改めて再確認されますね。(´・_・`)
もう18年ですかぁ。
ちなみに、新潟県中越地震からは今年で9年かな。
10年に満たない間隔で大きな地震が続いていますねぇ。
ちなみに今では地震時の火災は起こりにくくなっているはずです(都市ガスのみかもですが)。
大きな揺れを感知すると、ガスの元栓のところが自動的にガスを止めてくれるようになっているんですね。
少なくともうちでは中越地震の時はそうでした。
これは阪神淡路大震災から得た知識ですね。
こうやって、何かが起こってからですが、少しずつは進歩していっているのですね。
そうですねぇ。 やはり 放射能の問題でアタフタして、
人の意見を聞き過ぎ、船頭多くして船進まず・・・状態が続いたような。(´・_・`)
福島原発の周辺地区が、元通り 人々が住めるようになることを祈らずにはいられません。
果たして 何年 何十年後になるかわかりませんが・・・
高速道路の横倒しを画面で見た時はビックリしました。こんなのありえない、って・・。
それにしても同じ民主政権でもこの時は割と早かったのに、
東北の震災後は遅々として進まないように感じますねぇ(-。-;