夢飼い。【5】
- カテゴリ:自作小説
- 2012/12/03 17:52:55
再び、沈黙。
まず私は、自分の耳を疑うことにした。
これは間違いではないと、警鐘を鳴らすように告げる心の中のもう一人。
しかし私は無意識に、
「……面白い冗談だね、ワトソン君。しかし笑えない」
出したばかりの本を、教科書でぎゅうぎゅうになった机に押し込みながら答えていた。
浮かべたはずの笑顔は、上手く形にならなかった。
「君もなんだね、よりにもよってこの私の友達を朝っぱらからネタにして」
「僕、確かに乾の友達だけど助手になった覚えはないかな」
「っ、ノリわりーんだよ」
マフラーを詰め込まれ、ほどよく膨らんだリュックに顔から突っ込んで失敗したと気づく。
眼鏡のパットが食い込んで痛い。
無言でがばっと顔をあげると、由貴は物憂げな表情を浮かべているところだった。
その童顔な横顔に、一瞬視線が奪われる。
だが由貴は面白いことをぽつりと漏らした。
「ねえ乾、死ぬのってやっぱり、怖いのかな」
思いがけずシリアスな口調に、私は何と答えて良いかわからず口を開閉させた。
当たり障りの無い台詞を、マニュアルを読んでいるかのように吐き出す私。
それがほんの刹那だけ、自分が言ったことなのか、乾を不安の糸で絡めた。
「知んね。でも、私だったら怖いと思う。由貴も怖いと思うなら、怖いんじゃね」
私の隣の席の子の椅子を引きながら、やっぱり由貴は微妙な顔をした。
私があまりに下らないことを言ったからだろう。
でも、他に思いつかなかった。
死んだなんて、急に言われても自分の目で見てもいないのに実感なんて沸くわけない。
……それでも着実に、蛇は乾ににじり寄るのに。
「……そう、かな」
「…………ごめん」
「謝らないでよ、僕が訊いたんだから」
「……でもさ、」
「良いって」
由貴は、ごめんと言った。
それがどんな意味だったかなんて、解りたくないと思った。
解ったって答えが見つからない。
ただもやもやするだけで、気持ち悪いばかりだ。
下手な慰めは、いつだって仇になる。
「……ねえ、乾」
リュックを机の左側、通学鞄を右側のフックにかけた。
押し込んだ文庫本を取り出して必死に気を紛らわそうとしている私に、
気まずさを突付こうと由貴がそっと口を開いた。
私は読んでいるフリをして「ん?」と声をあげる。
でも内容なんて、これっぽっちも頭に入ってきていやしなかった。
「今日って、帰り早くなったりするのかな」
当たり前だろう。だって、死んだんだから。
つい言葉に棘を生やしそうになる。
ぐっと堪えて、私は気の無い風を装って「そうかも」と呟いた。
また、会話が終わってしまう。
だめだ。よくない。
こんな空気、私は嫌いなんだ。
一人じゃ上手く話せないから、ネタという名の言語設定を利用して喋る私は、
常に突っ込み役を求めている。
そりゃ勿論ノって来てくれたほうが楽しい。でも、それでも良いんだ。
と乾は思う。
だから、
「ラッキーじゃね?早く帰ってゲームしよーぜJK(常識的に考えて)」
本を閉じて、私は笑った。
由貴は、
「あはは、そうだね。何のゲームしようか、今日は」
困ったように笑ってくれた。
*****
若干長めにうpしてみました。
読みやすさと、お話の移り変わりを重視して、
乾の視点から作者の視点に少しだけずれました。
微細な変化、わかっていただけたら嬉しい限りです。
それではまた明日、お逢いしましょう。
引き続き、ご感想等いただけたら幸いです。
此処までお付き合いいただいた画面の向こうのあなたに、文章では伝えきれない感謝を。
-糾蝶-
ちょっとん?って思ったのは視点がずれてたのか・・・
最後のあとがき部を読むまで気づかなかったお恥ずかしい
紅蓮狐 糾蝶様は言葉の選び方がお上手だとつくづく思います
と言ってもまだ紅蓮狐 糾蝶様の作品の一部しか読んでないんですけどねww
英語などとは違う日本語ならではの美しさを感じます。やっぱり日本語はいいですよね(っていう英語からの逃避)
続きお待ちしておりますノ
見てる途中に何回も「あ、私もそう思うわ」とか同感してました(ry
そこまでありそうにない事件に、ありそうな言葉と行動のマッチングがまた((
なんか小説書きたくなってきましたry