■近代文藝之研究|時評|演劇の第二種第三種(5)
- カテゴリ:その他
- 2012/11/23 14:23:10
■近代文藝之研究|時評|演劇の第二種第三種 (5)
終りに述べるのは第三種演劇の事である。全くの理想的でも無いが、さりとて全くの通俗的でもなく、穩和な、漸進的な、いはゆる一歩づゝ進んでも二歩づゝは進まぬといふ行きかたのものが、藝術にもたしかにあり得る。而して最も安全で、無難で、それで多數者にも驩迎せられるのは此の類の演劇である。文藝獨自の理想から言へば此れは姑息なまだるつこいものであるが、社會の全局といふ着眼點から見ると、此れが一番好都合な演劇である。たとへば、ドイツ劇でいへば吾人が甞て雜誌『歌舞伎』に梗概を述べたマイヤー、フエルスターの『アルト、ハイデルベルヒ』イギリス劇では、同じく『新小説』に梗概を述べたデヴヰ[#「ヰ」は拗音小文字表記]ースの『カズン、ケート』乃至名優ウヰ[#「ヰ」は拗音小文字表記]ンダムが好んで出す『デヴヰ[#「ヰ」は拗音小文字表記]ツド、ガーリツク』『ローズ、メーリー』などが、正に此の中間劇に相當して、しかも興行ごとに非常の盛况を呈する。西洋で全くの通俗趣味以外に最もあたる芝居は常に此の方面から出る。勿論範圍の廣い西洋のことであるから、文壇的なものでもよくさへなれば相當の入りは取るが、大入りといふのは概して第二種第三種にあること東西を通じて變らぬ人情であらう。吾人は以上の意味から、我が國に第二種第三種の新劇を興すものゝ出でんことを望む。(明治四十年二月)
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*註1:終り
「終」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/owaru.jpg
*註2:述べる・述べた
「述」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/jyutsu.jpg
*註3:全く・安全・全局
「全」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen.jpg
*註4:通俗・通じて
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註5:漸進的・進んで・進まぬ
「進」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註6:無難
「難」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/nan.jpg
*註7:多數者
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg
*註8:驩迎
「迎」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註9:文藝・文壇
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg
*註10:社會
「社」の旧字体。扁の「ネ」は「示」。
*註11:梗概・概して
「梗」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kou_husagu.jpg
「概」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/gai_oomune.jpg
*註12:マイヤー、フエルスター
ウィルヘルム・マイヤー=フェルスター(Wilhelm Meyer-Forster/1862年~1934年)のこと。ドイツの小説家・劇作家。自作の小説『カール=ハインリヒ』を脚色した戯曲『アルト=ハイデルベルク』で知られる。原本にある『アルト、ハイデルベルヒ』は『アルト=ハイデルベルク(Alt-Heidelberg)』(1903)のこと。
*註13:『新小説』
「説」の旧字体。旁は「兌」。
『新小説』は1889年(明治22年)、饗庭篁村らにより創刊された文芸雑誌。1890年(明治23年)にいったん中絶の後、幸田露伴らにより1896年(明治29年)に再刊、1926年まで発行された。さらに1927年(昭和2年)に、『黒潮』と改題し3号のみ発行した。第二次『新小説』期は漱石の『草枕』(1906年=明治39年9月号)や田山花袋の『蒲団』(1907年=明治40年8月号)など数多くの名作を発表した。
*註14:デヴヰ[#「ヰ」は拗音小文字表記]ース
ユベール・ヘンリー・デイヴィス(Hubert Henry Davies/1869年~1917年)のこと。イギリスの劇作家。
*註15:『カズン、ケート』
『従姉ケート(Cousin Kate)』は1903年(明治37年)に留学中の抱月もヘーマーケット座(Theatre Royal Haymarket)で観劇している。ヴィクトリア朝風の道徳と義務の観念の枠組を踏み外すことのできない女性アミーと、家父長制の強いる道徳を平気で蹂躙し、ひたすら快楽的に生きようとする従姉ケートの行動を対比させ、家父長制道徳を風刺した喜劇。
*註16:名優ウヰ[#「ヰ」は拗音小文字表記]ンダム
チャールズ・ウィンダム(Charles Wyndham/1837年~1919年)のこと。イギリスの俳優・劇場経営者。
*註17:『デヴヰ[#「ヰ」は拗音小文字表記]ツド、ガーリツク』
デイビッド・ギャリック(David Garrick/1717年~1779年)はイギリスの俳優、劇作家、劇場経営者。恐らく彼の伝記的演目と思われるが詳細は不明。
*註18:『ローズ、メーリー』
『ローズマリー(Rosemary)』は1896年、ブロードウェイで初演されたアメリカ演劇。
*註19:呈する
「呈」の旧字体。「口」+「壬」。
*註20:人情
「情」の正字体。「月」は「円」。
*註21:望む
「望」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bou.jpg
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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1

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- 銀の雪王子@ゆう
- 2012/11/23 14:28
- ドイツ劇舌噛みそうなタイトル多いね
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