しにながら、いきる。【殴り書き】
- カテゴリ:自作小説
- 2012/10/18 22:40:10
歪んだ視界の中で、極彩色に、歪んだ、ぐにゃぐにゃの、視界の、中で。
吹き散る紅蓮の火の粉と一緒になびく、漆黒の、髪を。
――綺麗だ、と思った。
胃が痙攣して、むせるような、突き上げるような強烈な吐き気を、感じながら。
差し伸べられる、歪む視界の中、そこだけ切り取ったようにはっきり映る、
陶器のように白い、滑らかで、細い、腕を。
――綺麗だ、と思った。
腹を抱え、地に這いつくばる*を見下ろす少女の、嘘みたいに整った顔を。
精緻で、怜悧で、どこか幼く、いっそ醜悪なほどに端整なその美貌は、作り物のようで、
人形のようだった。
ただの無表情が、とても、美しく見えた。
極彩色に歪む、狂った世界の、中で。
頭が、割れそうなほどに、ガンガンと痛んだ。
極彩色から、徐々に色彩を失くして、瞼の裏から侵食するように広がる赤さえも無視して、
なお少女の全ては、切り取ったように*の目に映る。
後頭部から溢れ出す生温い液体の、べとべとした感覚も。
突き上げてくる、たえがたい、吐くものももうない、おぞましいほどの吐き気も。
少女を見ていると遠ざかった。
『――もう、あなたは』
少女は、薄い桃色の唇を、そっと開いては零した。
ぽつりと、それは主語のない、ただの死刑後宣告。
その声音は、澄んだ、よく通る、小鳥のさえずりにも、
琴線を爪弾いた音にも似た、美しいソプラノだった。
たとえ述語がなくたって、*には少女が何と言わんとしたかわかった。
―――しんじゃうのね
*は答えようとした。
でも、言葉はおろか、音さえも、その壊れたのどからは発することは出来なかった。
金魚のように口をパクつかせ、鉄臭い吐息を零しながら、
乾ききったのどから引き攣れた喘ぎをもらす。
どれだけ惨めだったろう。
しかし少女は、表情一つ変えず、にこりとも、せずに続ける。
ああ、いっそ笑ってくれたほうが、よかった。
壊れ、醜い、生きる価値の無い、ごみだと。
『――でも、そこまでして、』
もう人と名乗る資格さえ失った、ただのくずだと。
―――あなたは、いきるの、ね
白い手が、血にまみれ、痺れ、感覚を失った*の手を拾い上げる。
両手でつつみこむように、優しく。
でも、*は、何も感じない。
感じられない。
そのことが、そのことだけが、
しぬほど、
悲しくて、悔しくて、辛くて、
ぼろりと。
歪んだ極彩色の視界がぼんやりと霞み、血でべとつく頬に流れ落ちた。
涙。
全身を蝕む、軋むような、ちょっとでも動いたら関節から全てが外れ、砕けてしまうような、
得体の知れない、引き千切られるような激痛さえも、
今だけは遠く感じた。
ただ*を満たすのは、底無し沼より、深淵より、深い深い深い、深い、悲しみ。
少女の真っ白な手が、*のどす黒くキタナイ血で汚れた。
ああ、もう*は、ジブンの名前すら思い出せない。
ああ、ああ、もう*は、キミの名前すら、思い、出せ、な、い。
ああ、ああ、ああああああああああああ。
まだ壊れたくない
まだ、まだ、まだ、まだ、
しにたくないんだ
君を、この手で、この身で、守るまで。
キミに、すきだと、いう、まえ――――――
『――ありがとう』
少女の声は、もう、誰にもとどかない
『――ごめんね』
少女の涙は、もう、誰にもとどかない
End.