ドイツ旅行6-1
- カテゴリ:レジャー/旅行
- 2012/10/11 20:38:29
それでは、つづきを
9月23日
ルートポルトパークホテルノロビーに8時45分集合。
キーを返還し荷物の確認と人員の点呼があり、添乗員の川口さんからひつこく
パスポートと忘れ物がないことの注意があり、そろっていることを確認したのちに、
迎えのバスに乗り込みました。
今日は、今回の旅の目的でもありましたノイシュバンシュタイン城の見学です。
ホテルからバスに乗り込む時は、きのうの夕方から降り始めた小雨が、また少し降り始めていました。
大丈夫かなと少し心配していましたが、ノイシュバンシュタイン城のバスの停車場に着くころには晴れ間も見え始めました。
その停車場からノイシュバンシュタイン城専用バス停に少し歩きました。
専用バスで10分足らずで城の手前に付き、そこから徒歩で15分ぐらいで、ノイシュバンシュタイン城の入口に着くのですが、マリエン橋に先に行きました。
5分も歩かない距離にある絶壁に架かるマリエン橋から、あの憧れのノイシュバンシュタイン城が眺められるのです。
下のほうに雲海が広がり雨上がりの虹も見られました。
感動。
憧れのノイシュバンシュタイン城が薄靄に煙っていた中から、まるで絵のようなとしか形容できない姿を現したのです。
素晴らしい光景。
あーあ、これが本物なんだという感覚が体の中からわきあがってきます。
夢のお城。
ディズニーランドのシンデレラ城のモデルになったお城。
幻想的な雰囲気の中に、浮かび上がっているように見えました。
マリエン橋は、ベラート峡谷の絶壁にかけられた橋で、下を見ると足がすくみます。
ずーと眺めていたいお城の風景です。
このお城を作ったのが、かの有名なルードヴィヒ2世という王様です。
ルートヴィヒ2世は、中世の騎士道にあこがれ、作曲家のワグナーに心酔し、大金を援助し、国政をなおざりにし、歌曲・歌劇に没頭した。
ベルサイユ宮殿、バルトブルグ城を目にしたルートヴィヒ2世は、中世のロマンチックなお城を作ろうとし、城の設計を宮廷劇場の舞台・美術の監督をしていたクリスチャン・ヤンクに任すことになった。
執務室・寝室は、実務むきな感じはしません。
その隣に
ヴィーナスの洞窟という人口の洞窟を造るなどルードリッヒ2世の趣味と道楽の世界を
実現表現したものになった。
1869年着工し、1886年に何とか住めるようになったのです。
ルートヴィッ2世は、首都ミュンヘンに戻らず、この城に生活するが、あまりに浪費が過ぎて、バイエルン政府は、精神異常として、ベルグ城に軟禁する。
ノイシュバンシュタイン城にわずか102日間暮しただけ。
ベルグ城につれてこられた翌日、主治医とシュタルンベルグ湖畔を散策しているときに謎の死を遂げているのです。主治医も同時になくなっているのです。
殺されたのではないか。
その1886年に未完成のまま工事は中止され、その時から、城内部は一般公開され、現在に至っています。
その歴史を振り返り見ると、ルードリッヒ2世は、国王ではなく、芸術家として生まれていれば、よかったかもしれないと,思い遣れます。
精神が病んでいたように思えます。
ディズニーランドのシンデレラ城の原型と言われますが、おとぎの国の城としふさわしい雰囲気です。
映画チキチキバンバンのロケ地にもなっています。
2005年のポケットモンスターアドバンスジェネレーション「ミュウと波導の勇者ルカリオ」の話の中心のオルドランド城はノイシュバンシュタイン城をモデルにした。
なごりつきないノイシュバンシュタイン城を後に
帰りは、歩いてバスの停車場に向かっていきます。20分の徒歩距離。
土産物屋さんで集合。
お土産、フェイラのハンカチを購入。5枚で50ユーロ。
日本の半額ぐらい。
昼食は、その近くのレストラン。
前菜は、ポテトサラダ。
メーンは、ラビオリ。
結構おいしかった。
それにデザート。
もちろん、おいしい地ビール(白ビール)をいただきました。
食事が終わり、バスで次の移動地へ。午後1時5分出発。
約24Km。
ヴィース教会。
此の頃には天気が回復し、秋晴れになってきました。
絶対にいつかドイツにいくぞ~~(⌒0⌒)/
ビール三昧ですね~^^さすが~ドイツ!!
晴れ間ののぞくお天気の回復もきっと手伝ったことでしょう^^
お願いします
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じっさいに すんでみたら
たぶん さむかったり
くらかったりして ふべんでしょうけれど
やっぱり いちどは あこがれますね。。。
どんなふうに くらしていたんでしょう。
のぞいてみたい せかいです。。にこっ。