「織姫と牽牛に捧げる物語」
- カテゴリ:自作小説
- 2009/07/07 06:07:40
亜麻のシャツを作るよう、彼女に言っとくれ
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
縫い目も針跡もないやつを
そうしたら彼女は僕の恋人
「ばかぁっ!何度言えばわかるのよ!あんたなんかもう、大っ嫌い!」
今年に入って、もう何度目のけんかだろうか。心にもない言葉をぶつけてしまったのは、これが初めてじゃない。川辺を走りながら、彼女はもう、後悔し始めた。
…戻ろう。戻って、謝ろう。
そう考えて立ち止まり、踵を返そうとした瞬間。足元が滑った。
「きゃあっ!」
川岸に生えた草をなぎ倒しながら、彼女は滑り落ちていく。靴が片方脱げ、後方に去っていく。
…もう、だめ。
水に落ちる瞬間、彼女は意識を失った。
別の川縁。
白み始めた夜空のもとで、若い恋人たちが、別れを惜しんでいる。離れ離れの時間は長く、逢瀬の時は短い。払暁の空を背景に、二つの影が重なり、そして離れた。
女は、後ろ髪を引かれる思いで、川辺を急ぎ足で歩いた。夜が明けきる前に家に戻らないと、また叱責を受けてしまう。これ以上の罰を加えられるのは、もう、耐えられない。
女の足がふと、止まった。川岸に、見慣れないものが。
目を覚ますと、見覚えのない場所だった。見慣れない格好をした女が覗き込んでいる。
『気がついた?』
彼女は驚愕した。女の話す言葉は、全く耳にしたことのないものなのに……何を言っているのか、が判る。
…いや、「目が覚めたか」くらいなら、言葉が判らなくても推測がつく。
『どこか、痛いところはない?見たところ、けがはないようだけど…』
今度こそ、彼女は驚愕した。驚きのあまり、彼女が言葉を失っていると、女が、『あなた…もしかしたら、声が…?だとしたら、ごめんなさい』と、ひどくすまなそうな声で謝った。
「いえ、そんな事はありません。…あの…」
彼女の声を聞いて、女は驚いた顔になった。
『あら…あなた、もしかしたら…異国の方?』
驚いた顔の割には、ひどくのんびりした口調だった。
「…はい、え―と…おそらく」
彼女は体を起こそうとして、自分が着ているものが、いつもの服と様子が違うのに気がついた。何より形が違うし……
「あのっ!」
『はい?』
「この…服、作り方を教えてくださいっ!」
『よろしいけど…大変ですわよ?』
「がんばりますからっ!」
彼女はその日から、糸を織り機に掛けるところから女に習い始めた。その服は少しずつ織り機から織り出されて行くのだ。最初の日は、彼女の親指一本分くらいしか進めることはできなかった。
女は毎夜そっと外へ出かけていく。明け方まで帰ってこない日もあれば、小半時ほどで暗い顔をして戻ってくることもある。彼女にも覚えがあることだったので、女には何も言わずにいた。
そして二月ほど。
ようやく服が完成した。
「ありがとうございますっ!これで、ようやく帰ることができますっ!」
女の前から、彼女の姿がぼやけて、消えた。
彼女は走った。彼の元へ。
間に合うだろうか?
彼の家の戸口が見えた。
彼女は届けることができた。
「恋人」に着せる、最後の服を。
てんい-むほう
【天衣無縫】
大辞林 第二版より
(名・形動)[文]ナリ
〔天女の衣には縫い目がないということから〕
(1)詩歌などにわざとらしさがなく自然に作られていて、しかも美しいこと。
(2)性格が無邪気で飾り気がない・こと(さま)。天真爛漫(てんしんらんまん)。
「―な人柄」
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私は懐かしい本を読み返したい気分だったので・・・
再読したい本になりました