「契約の龍」(71)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/07/05 16:34:24
《ラピスラズリ》に連れられて、建物の外に出るとどうやらそこは建物の裏手のようだった。裏から見ると、増築の跡が一目瞭然に判る。正面から見える部分は、綺麗に統一されているのに。館をこのように整えたのは、ジリアン大公か、それとも…
「伯は、見栄っ張りな性質ですの?」
同じ感想をクリスも持ったようで《ラピスラズリ》にそう訊ねる。
「私の口からは、何とも言えませんねえ。私が契約していたのは、あくまで大公個人であって、この家ではありませんから」
「でも、そう考えているのでしょう?わざわざこれを見せる、ということは。最後の分岐点で反対側に曲がれば、正面に出るのでは?」
「あ、惜しいな。あっちに行ったら、中庭だ。見栄え良くなっているのは変わりないが、外にはつながっていない」
やっぱり見栄っ張りだと思ってるんだな。
「で、訊きたい事、というのは?」
「伯はシェリル嬢に、生まれた子が「金瞳」持ちでない場合、どうする、とおっしゃってますの?彼女、伯の動きに、ひどく過敏に反応してたんですが」
「だから私は、大公と個人的に契約…」
「それが何か?契約者以外からの相談を受けてはいけない、という法はないでしょう?それに、契約者でないのなら、守秘義務も負ってはいらっしゃらないのでは?」
《ラピスラズリ》が大きなため息をつく。
「やれやれ、おっかないお姫様だ」
そうだとも。
「本当に知らないんだ。ギレンス伯は「生まれた子が「金瞳」を持っていれば、大公の生母として、生涯面倒をみる」としか宣言していない。そうでない場合については…たぶん、何も言ってないんじゃないかな。…だから、不安になるんだろう」
その可能性に思い至らないってわけでもないだろうに。
言わない事で、無言の圧力をかけているのか?
「やっぱり、そんなところですか。…ところで、あなたの見立てでは、彼女の子は「大公」になれそうでしょうか?」
「なぜ、私に?あなたには判らなかったんですか?」
「私は、「金瞳」を持った方をたった四人しか知りません。私自身を含めても。しかも、胎児というのは…全く知りません。あなたはご存じなのでしょう?生まれる前の「金瞳」持ちを」
「どうしてそうお思いでしょうか?」
「ジリアン大公のお子様方は、すべてギレンス伯とは血のつながりがない、と聞きましたので」
《ラピスラズリ》が息を呑む。俺だってびっくりだ。
「先の御夫君がご存命の間に生まれたお子様方は、むろん、ギレンス伯のお子ではありませんが…一体、誰からそのような事を?」
「……ご本人から」
本人からって…いつそんな暇があったんだ?
「どうしてあの方はそんな事をあなたに?」
「さあ?おそらくはご自分の轍を踏まないように、ということではないでしょうか。最初の御夫君には領地経営の才があまりなかったとかで…苦労をかけた、とおっしゃっていましたから」
そういえば、そんな事を洩らしていたな。
「子どもをつくるのなら、相手は魔法使いがいい。でも、夫にするのなら、そういう才に長けた人でないと潰してしまう、と。それはもう延々と。…時間の概念がなくなると、饒舌になるようですね。人間て」
…なるほど、「龍」に接触した時、か。
「…それで?」
「大公が最後のご出産をなさったのが五年前。そのお子様が亡くなったのが二年前。その後大公は次々と他のお子さんも失ってらっしゃいます。…新しく他の魔法使いを選ぶような精神的な余裕はなかったのでは、と思いましたので」
「…なるほどね。…で?」
「だとしたら、最後の公子を身籠った時も、大公と契約していた魔法使いはあなただったのだろう、と。ならば、最後の公子は」
「…その、「最後の」っていうのを繰り返すのは、やめてもらえないかな。ちゃんと名前があるんだ」
「申し訳ありません。そこまでは調べられませんでしたので、『王室名鑑』では」
見当たらないと思っていたら…クリスが持ってってたのか。
「どうしてシェリル嬢の子どもに「金瞳」が現れそうかどうかを訊くのに、そうやって人の傷をえぐるような情報を出してくるかな?」
《ラピスラズリ》ががっくりと肩を落として見せる。
「申し訳ありません。…大公の安否を知る事が出来るのが王族以外にいないのか、と思いまして。大公とそういう関係にある方ならば、あるいは、と」
「残念ながら、私は君たちほど力がなくてね。彼女が「龍」と接触できなくなってから、大した魔法は使えなくなった。すっかり錆びついてしまったようだよ。…他には?」
「…最初の質問に戻りますが」
「それも、判らない。だいたい、どの時点で子どもに「金瞳」が現れるのか判らないしね」
でも、楽しみ♫