Nicotto Town


小説日記。


お嬢様と殺人鬼。ⅰ【アリスサークル】



#-貴女の為なら何度でも、生き返ってやる


 住まわせてもらっていた家が火事になった

 大して俺を可愛がってくれていなかった家の人は

 夜だったから全員逃げ遅れた


 放火だった


 でも俺には興味が無くて

 俺は帰る場所が無くなった迷子になった


 捨てられたのとは違って

 野良としての知識も何も無い俺は


 とりあえず人間に近づいた

 でも、子猫ならまだしも 

 少し大きくなって薄汚れた猫を拾ってくれる人なんて居る訳が無くて


 道路に蜃気楼が立ち上る閑々照りの真夏の昼下がり

 俺はとうとう空腹で歩けなくなった

 何でこんなことになったんだろうと巡る思考


 
 暑さで奪われそうになる意識の中で、

 半分開いた視界に映ったのは真っ白くて細い手と優しげな笑顔


 いつのまにか俺の傍にしゃがみ込んだらしい誰かは

 真っ白なワンピースが汚れるのも気にしないで俺を抱き上げて笑った

 ほんのり温かくて優しい手だった


 「私たち、似てるね」

 その時囁かれた言葉の意味を、俺はまだ知らなくて


 俺は朦朧とした意識を手放した


 …黒猫は、少女の看病も虚しく3日後に息を引き取った。


*****


 俺はどうしても、あの子にお礼が言いたかった

 役を持っていなかった俺は、
 泣きながら俺に墓を作ってくれたあの子の傍に一度だけでいいから戻りたくて

 ひたすら真っ暗な闇の中で何度も叫んだ


 ――俺を人間にしてくれ、少しだけで良い、あの子の傍に戻らせてくれ!


 役無しの黒猫は言葉を持っていなかったから

 人間になってお礼を言いたかった


 そしたら闇から返事が返って来た

 ――誰だよお前うるさいな何回も…でも良いや…丁度暇してたから「役」やるよ。
     お前今からチェシャ猫な。バルムンクって名前。


 適当すぎて拍子抜けする前に、俺は真っ白な光に包まれて気づいたら"墓"の前に立っていた

 目の前にはあの子が居た


*****

 流した涙もあっという間に乾いてしまいそうな真夏の昼下がり。

「……ぇ…?」

 驚き顔を固まらせて、目の前に立つ少年を見つめることしか出来ない少女がとりあえず疑問を口にする。
 黒猫はまず、自分の視線が高いことに驚いた。
 その次に視線を下にやって、自分がちゃんとした服を着ていることに驚いた。
 人間で言う所の燕尾服という奴だろうか。

 意味も無く恐る恐る両手を目の前に持ってきて握ったり開いたりして、
 「おぉ…」と漏らす少年は、そしてようやく少女が足元に座り込んでいることに気づく。

「…え、あ、…は、はは………ッ?!」

 どう説明すればよいやら、発する言葉に迷いながら乾いた笑いを漏らした直後、
 ふわりと胸に飛び込んできた温かくてやわらかいものに鋭く息を呑む。

 少女が泣きながら笑って少年に抱きついていた。
 少年の猫耳と尻尾が音も無く逆立って、
 困ったように固まる少年は知れず鼓動を速めながら僅かに赤面してそっと抱きしめ返した。

 「おかえり」と囁いた濡れた声音に、「ただいま」と慣れない言葉を返した。

 少女は何も言わずに泣きながら笑っていた。


*****


 どうやら俺が戻ってきた…生き返ったのは、俺が死んでから一年もあとのことだったらしい。
 どうりで真夏の昼下がり、淡い記憶が蕩けそうなくらいに暑かったあの日に重なった。

「ッいやだ――あぁぁあああッ!!」

 だから迷い猫になったあの日のことも目眩がするほど鮮明に覚えていた。
 彼女に逢ったことも。

「バルムンク!いや…バルム……ッ!!!」

 やっと手に入れたと思った幸せが砕ける瞬間はあまりに呆気なくて。
 確か庭で、お茶でも飲んでいたような気がした。

 不意に響いた爆発音が、あっという間に空を真っ赤に染めて、街を悲鳴で彩った。

 不運というにはあまりにも鮮やかな虐殺。
 そして奴隷――


 俺は彼女と引き剥がされ、奴隷として、養女として売られていった。



 擦り切れるほど働かされた、牢獄の中で。
 チェシャ猫としての能力を封じられて、俺は彼女の事を思い浮かべながら死んだ。
 たったの5日の中で、記憶の中に刻み付けた彼女の声、言葉、笑顔―――



 死因は餓死だった。


*****

 二度目の闇。
 俺はもはや必死さを失って、それこそ死んだように闇の中を漂っていた。
 意識体としての概念も薄れ始めた頃、実体さえ失くした俺に声が聴こえた。

 あの声だった。


 ――なんだよ。折角生き返らせてやったのにあっという間に死にやがって。
     お前、次死んだらどうなるか解ってるだろーな。
     覚えとけよ、今回は女王の番犬だ。…精々頑張って来い。


 …何を頑張るって言うんだ。


 投げやりに思いながら、俺はまた光に包まれて身に覚えの無い廃墟に突っ立っていた。
 ……俺は、大事な事をすっかり忘れてしまっていた。


****




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