■近代文藝之研究|時評|新舊演劇の前途(5)
- カテゴリ:その他
- 2012/08/05 22:14:32
■近代文藝之研究|時評|新舊演劇の前途 (5)
其次の自然的元素といふのは丁度文學に比べると小説の如き散文文學に該當する者である、東京座の「異風行列」で信長の阿呆のシグサ[#「シグサ」に傍点]の如き又は歌舞伎座でやつてゐる雁次郎物の、餘りの只事寫實に陥らずして而も誇大的たらざる或部分の如きは稍之れに近い。要するに前の誇大的とは程度の上の差に歸するかも知れぬが、誇大的の弊に陷らずして然かも舞臺にのつて落付のある自然的な藝が、演劇といふものゝ本領であらう。但し茲で自然的元素といふは寫實的や活歴とは違ふ、寫實といつて現代の寫眞のやうなものや、活歴といつて歴史にある通りの事を並べたりするのは、馬鹿氣た話であること、今さら喋々するまでもない。
自然的元素といふのは感情の自然の表情を中心とするやり方である。其表情は人をして誇大的の感を引きおこさしめぬ度に於いて藝化せられるを要する。自然的で而も寫實的に非ざる場合は幾らもある、寫實でやるならばヒソ/\話をやる時などは棧敷へは其聲が聞へやう筈はないといふのが極端な寫實の言ひ前であるが、自然的の方では必ずしもそんな事には頓着せぬ。見物にその事を聞かさしむる必要があれば寫實ならぬこともやつてよい。只人情の自然の動き方に合して見物が誇大滑稽を感ぜずして之に仝情し得れば夫でよいのである。これが茲でいふ自然的と寫實的との相違の點で、一は人情の自然の動き方を主眼とし一は專ら外形の寫實を貴ぶ、舊劇の中では概して世話物に此寫實ならぬ自然的な元素がより多く見つかる樣である。
--------------------
*註1:其次の自然的元素
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。
「次」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ji_tsugi.jpg
*註2:文學
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg
*註3:小説・散文
「説」の旧字体。旁は「兌」。
*註4:該當する者
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg
*註5:又は
「又」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mata.jpg
*註6:雁次郎物
初代・中村鴈治郎(1860年~1935年)の出演する歌舞伎のことかと思われる。鴈治郎は明治・大正の上方歌舞伎の花形役者。
*註7:或部分
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg
*註8:近い
「近」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註9:要するに・要する・必要
「要」の俗字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/you.jpg
*註10:前の・言ひ前
「前」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen_mae.jpg
*註11:程度
「程」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hodo_tei.jpg
*註12:誇大的の弊
「弊」の旧字体。「敝」+「廾」。
*註13:茲で
「茲」の俗字体(か?)。Unicode にも文字種がないようなので作字してみた。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/koko.jpg
*註14:活歴・歴史
「歴」の旧字体。「林」が「禾」+「禾」。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/reki.jpg
*補註……「活歴」とは9代目市川団十郎(1838年=天保9年~1903年=明治36年)らが主唱した歌舞伎の演出様式で、在来の時代物の荒唐無稽を排し、史実を重んじて歴史上の風俗を再現しようとしたもの。
「史」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/shi_humi.jpg
*註15:違ふ・相違
「違」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註16:通り
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註17:感情・表情・人情・仝情
「情」の正字体。「月」は「円」。
*註18:概して
「概」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/gai_oomune.jpg
--------------------
■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1

-
- 銀の雪王子@ゆう
- 2012/08/05 22:53
- 信長の阿呆のシグサ興味津々
-
- 違反申告