「契約の龍」(66)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/07/02 13:27:29
自室のドアを開けたら……部屋の中にクリスがいた。…しかも、部屋の一番奥の、ベッドの上に、腰かけて。
急いで中に入り、ドアを閉める。鍵は…しめた方がいいのか、外したままにすべきか、迷う。
「く………ど……」
いったいどうしてクリスがここにいるんだ、と問い詰めたいが、うろたえてしまって言葉にならない。
それに…
…さっき、ドアを開けた時、確かに鍵を外した覚えがあるんだが…
クリスが俺の姿を認めて立ち上がり、こちらへ進んでくる。
障害物を避けない様子を見て、ようやくこれは実体ではない、と気付いた。
それならば、鍵のかかった室内にいても不思議はない。だが、不意に誰かにドアを開けられると困るので、後ろ手で部屋に鍵をかける。
(アレク)
言葉が直接、頭の中に届く。やはり実体ではない。
(ずいぶん考えたんだけど、やっぱり、ゲオルギアには、なれない。だから)
思いつめた表情でこちらを見上げてくる。
(その時は、協力してほしい)
「きょ…協力、って?」
いったい何の協力?いや、イメージは伝わってきたけど、……いろいろと。
(…そういう事をあからさまに口にしたくないから、こっちで来てるんじゃないか)
はにかんだような怒ったような、複雑な表情と声で言う。
……ふむ。…頭の中で考えはしても、口に出すのは躊躇われるのか。
…そう聞くと、いくらか落ち着く。
(それに…今すぐ、って言ってるわけじゃない。…アレクは、在学中に問題を起こすのは、嫌なんだろう?)
「…お気遣い、どうも。でも、そういう気遣いを見せてくれるなら、部屋で待ち伏せ、なんていう、心臓に悪い事は、控えてほしいな」
(待ち伏せ、だなんて、人聞きの悪い事を)
「その前は、寝込みを襲われたしな。……悪い、今のは冗談にならなかったな」
クリスの顔が、こわばる、を通り越して、凍りついてしまった。
「…本当に、よく解らない人だな。…それとも、女の子っていうのは、みんなそうなのかな?」
(自分の事だって解らないのに、他人の事が解る訳がない)
自分の事、というのは、以前の、地下書庫での事を指しているんだろうか?確かにあれは不可解なことだったが…
ふと、手にした封筒のことを思い出す。
「ところで、座らせてもらってもいいかな?こっちは実体なんで、ずっと立ったままでいるのは…」
(アレクの部屋なんだから、自分のしたいようにすればいい。いちいち私に断らなくても)
「いや……クリスが行く手を塞いでるから…ちょっと避けてほしいかな、って…それとも、そのまま突っ切ってもいいのかな?」
今いる位置から椅子、またはベッドの方に向かうと、クリスにぶつかってしまう。実体ではないので、おそらくは通過できるだろうが、あまりいい気分はしないだろう。
(あ…えーと…そう、だね)と、戸惑う様子を見せて脇に逸れる。
学長のところから預かってきた「宿題」を机にしまい、椅子の上に腰を下ろす。
「良ければ、そうも頑なに、王族を拒絶する理由を聞かせてくれないかな?学長や陛下は知っているみたいだったけど、俺は聞かされていないから」
(…ああ、そうだったね。…どうしても、聞きたい?)
「聞いたら、「協力」するのに納得できるかもしれないから」
長い沈黙があった。そのままクリスが消えてしまうんじゃないかと思われるほどの。
(…どこから説明しよう。……「うち」が女系で維持されている、というのは、知ってるよね?)
「ああ…そういえば」
以前図書館で聞いたことが思い出される。
(「うち」の「家業」は、「森」に住んで、「森」を守ることなんだ。…上手く説明はできないけど。言葉で説明しようとすると、概念にずれが生じるから、って言ってたけど、本当に、難しいな)
「概念に、ずれ?」
(うん…私はうちの家業についての情報を、丸ごと親から受け継いでるけど…言葉はそのあとから獲得したものだから、言葉で説明するのは…とても難しい)