■近代文藝之研究|時評|個人の寂寞、……(7)
- カテゴリ:その他
- 2012/06/19 00:26:36
■近代文藝之研究|時評|個人の寂寞、勝利の悲哀 (7)
詮ずるに喜んで蘆花氏の福音に聽かんとするが如き社會は、戰勝の悲哀を説くを要するほど痛切に戰勝の歡喜に魅せられてはゐないのである。此の意に於いて、吾人は蘆花氏の説教の、勞多くして用少なからんを恐るゝものである。獨り之れを日露戰爭以外、個人主義、本能主義等と相牽聯して生じたる精神界の現象について言ふ時は、個人の寂寞、勝利の悲哀といふ語は、生命となつて流動する。個人の戰に勝ちたるものをして、其の奧に横たはるの悲哀に觸れしめよ。此の如き意味に於いて始めて「勝利の悲哀」の生きたる福音を見る。(明治四十年二月)
--------------------
*註1:詮ずるに
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。
「詮」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sen.jpg
*註2:福音
「福」の旧字体。扁の「ネ」が「示」。
「音」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ne_oto.jpg
*註3:社會
「社」の旧字体。扁の「ネ」は「示」。
*註4:戰勝・勝利・勝ち
「勝」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/katsu.jpg
*註5:説く・説教
「説」の旧字体。旁は「兌」。
「教」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kyou_oshieru.jpg
*註6:要する
「要」の俗字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/you.jpg
*註7:精神界
「精」の正字体。旁の「青」の「月」は「円」。
「神」の旧字体。扁の「ネ」が「示」。
*註8:横たはる
「横」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ou_yoko.jpg
*註9:明治四十年二月
1907年、抱月36歳。日露戦争の終結(ロシア軍の降伏)は明治38年(1905年)の7月31日なので、この文章はそれから約1年半後に発表されたものということになる。
ちなみに抱月は、日露戦争時は英独留学中で日本に帰国したのが明治38年の9月12日。日露戦争に勝ったとはいえ、まだ戒厳令下だった。
本稿の冒頭に出てくる綱島梁川は、抱月と早稲田同期の学友だが、明治38年9月に病死してしまうことになる。徳富蘆花と抱月では、蘆花のほうが3歳年上。
藤村(抱月より1歳年下)の『破戒』の刊行が明治39年の3月、漱石(抱月より4歳年上)の『坊ちゃん』が『ホトトギス』に連載されはじめたのが同年4月、花袋(抱月より1歳年下)の『蒲団』が『新小説』に掲載されたのが明治40年の9月。
抱月が自然主義文学の評論活動を活発に行うのは、この花袋の『蒲団』についての「『蒲団』合評」(『早稲田文学』)以降のことになるのだが、この本稿においてもすでに、たんなる「個人主義」「本能主義」をもって自然主義(自然主義文学)とする風潮には、当初から立場を異にしていることがよくうかがえる。
--------------------
■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1

-
- 銀の雪王子@ゆう
- 2012/06/19 01:11
- 昔の漢字画数多いね
-
- 違反申告