Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(61)

 「実は、就職活動の一環で、王立歴史編纂所へ、ちょっと」
 歴史編纂所へ入り浸ってたのは、嘘ではないからな。四日ほどだが。
 「…また、地味なところを…っていうか、そんな組織があることさえ、今の今まで忘れてたぞ」
 「地味でも一応は役人だからな。安定した収入があるというのは大事だ」
 「だが、それってもったいなくないか?お前だったら、同じ役人でももっといいポジションが狙えると思うが?」
 「いいポジション、というと、例えば、どんな?」
 「どんな、って聞かれると、具体的には思いつかんが…そもそも、お前が「官僚」やってるとこが思い浮かばないよな」
 「だろう?…だけど、聞いてみるとなかなか狭き門のようでな。そもそもあそこ単独では人員を募集してないんだそうだ。…この話、詳しく聞きたいか?」
 「……いや、結構。お前と違って、興味範囲がごく狭いんでな」
 「範囲がどこからどこまでか、は訊かない方がいいよな?」
 「…そうだな。その代わり、就職活動中のお前と、件の女子学生が一緒にいた理由も訊かないでおいてやる。素直に答えそうもないからな」
 おっと。クリスまで見つかってたか。
 「…ついでに、口も噤んでおいてもらえると助かるな」
 「「助かる」のは、お前の方か?それとも彼女の方か?」
 「どっちだろうな?」
 隠し事をしているのはクリスなんだが、俺が王宮にいたのは、クリスの便乗だったんだから。
 「とりあえず、現在のところは、どっちも、だな」
 「まあ、そういう事にしておこう。いつか真相が明かされることを願うよ。できれば、他よりは早く聞きたい」
 「考慮しとこう」

 「古文書解読」の授業は、実際の古文書をテキストに使う。時代の新しいものから入るので、最初のうちは、とっつきやすいが、あとの方に行くと、言葉自体が違ってくる。なので、いずれかの古語を並行して履修することが推奨されている。
 だが、こう言う古典系の授業というのは、概ね人気がなく、履修する学生もほぼ固定化されているので、新参者はひどく目立つ。そして、ほぼ確実に「同類視」される。
 「いらっしゃいませー。目眩く、狭くて深い、学究の世界へようこそー」
 つまりは、研究者を目指している、と見做されるわけだ。
 「……えーと…やっぱりこの授業、履修は、取りやめようかな」
 「ああっ!そんなこと言わないでっ!一年半ぶりの履修生なんだからっ!」
 回れ右をして出ようとしたドアを、目の前でぴしゃりと閉められる。
 「…そんなことしても、履修届を出さずに置けば済む話なんだけど」
 「そういえば、そうだったぁ」
 まだ若い――確か三十前後だったと思う――講師が頭を抱えてへなへなとくずおれる。
 「お給料…今期も出ないのかなあ…ほかの先生のお手伝いで糊口をしのぐしかないのかなあ」
 「今度は、泣き落としですか?確か先生のご実家は裕福だと伺っていますが?」
 「何でそんな事っ」
 勢い込んでこっちを見る。
 「あぁ…君ならそれくらい調べるのは簡単か」
 今の今まで「誰が」入ってきたのかは見ていなかったのか。そんなに履修生が待ち遠しかったとは…
 「別に調べたわけでは…十年以上もここの学生やってたんだから、それくらいのことは周囲に知れ渡っていますが。知らないのは、先生が着任した後で入ってきた一・二年生くらいで」
 目の前にいる講師は、かつて「世捨て人」だったうちの一人だ。一昨年の冬、心臓の病気で倒れた教授の後を引き継いだかたちでこの科目を持ったが…去年は履修者がいなかったようだ。まあ、それもそうか。同じ科目が複数あれば、実績のあるベテランの方に教えを請いたいと思うのは当たり前だ。
 ところで俺の主目的は、古文書一般についての読み解き方について教えを請うことではないので、教師の実績にはこだわっていなかった。
 「ところで先生は、図書館の書庫への入庫パスをお持ちですよね?」
 「…ああ、勿論、持っているけど…それが?」
 「ちょっと、貸して戴けないでしょうか。閲覧したい資料があるんですが、閲覧制限がかかっていて、書庫から持ち出せないんです。…貸して戴けたら、この授業、履修登録させて戴きますが。いかがでしょうか?」
 「閲覧制限のかかった資料って…何か不穏な響きがするんだけど」
 「貸して戴けないのでしたら、多少時間と手間はかかりますが、正規に手続きして…確か六時間の講習とパス作成手続き書類への署名がいるんでしたよね」
 「別に、何か不正な目的に使う訳じゃないんだよね?」
 「ええ、本を何冊か、ざっと目を通したいだけです」
 「…わかりました。お貸ししましょう」
 「ありがとうございます。では、来週からよろしく」

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