「祀り」伍
- カテゴリ:自作小説
- 2009/06/18 22:07:39
吉平達の前に現れたのは、直刀を構え、ゆっくりと間合いをつめる、乗っ取られた晴明の骸。剣先が天に向いた時、突然異変が起こった。
晴明の周りの風景が陽炎のように揺らめきだし、青白い光が閃いたかと思うと、次第に光は強さを増して晴明の体全体を包み込んで、その動きを止め、ついに光に覆われてその姿が見えなくなった。
その光の出所は、さっき、奉親が撒き散らした氷の中心に刺さっていた御幣。一際激しい光を放つと、光の帯はその御幣に吸い込まれてしまった。晴明が立っていた場所には散乱した人骨が残された。
「何が起こった」
「取り敢えず、助かった」
困惑と安堵の声が漏れた。
「塗籠めの御幣!」
吉平が幣を見てつぶやいた時、墓地の入り口に牛車が到着した。
「終わったか。お主らが術式を仕損じた時の保険にと、塗籠めの幣を立たせておいて良かったわい。半時ほど前に式を飛ばして、刺しておいたのよ」
牛車から降りて、一気にまくしたてたのは蔵人所陰陽師、賀茂光栄。後ろについているのは陰陽頭賀茂守道であり、さすがでございます、と受け答えた。
テメエが紛らわしい物を刺すから間違えるだろうが、と奉親が食って掛かろうとしたが、時親に抑え込まれた。
「見事な手際でございました。光栄殿のお陰で助かりました」
吉平は頭を深々と下げて、礼を述べた。
「なんじゃ、この幣の周りに氷なぞ撒きおって。
塗籠めの幣と標しの幣を間違えたのではあるまいな。
生前の晴明殿が得意としておった塗籠めの幣だぞ。
熊野で花山法皇を悩ました魔物を封じた時も彼は見事な捌きでこの幣を使われたぞ。若いモンはもっと勉強しておけ」
その言葉に再び飛びかかろうとした奉親を、時親は羽交い締めして抑えた。
「それは一時的な封印に過ぎん。祭式を行って処置せよ。
特に邪神はしっかり封印しておけ。
播磨の奴らめ、良からぬ事を企みおって。
法師陰陽師は検非違使達に抑えさせろ。
それから、晴明殿の骨は全て、内裏に持って帰れ。
一つも残すな。また邪な術者が利用せんとも限らんからな」
そう言い放つと、光栄は踵を返して牛車に向かった。
「来月より、晴明社が一条堀川に建てられることになりました。
そちらに御遺骨を移し、祭祀せよとのことです」
光栄の後を追いながら、振り返って守道が言った。
「晴明殿が祟神になるぞ、と申し上げたら、一条帝が身震いをして御鎮霊の勅旨を賜われたぞ」
牛車の中から意地悪そうな声で光栄が言った。脅迫まがいの奏上に、困り顔の帝の御顔が吉平の頭の中に浮かんだ。やれやれ、光栄殿の帝いびりか。
「吉平殿、今回の件の報告は明日までに。
…晴明社創建後は、晴明殿を陰陽道の神として祀りなさい」
牛車の御簾から顔を出して守道は申し送り、牛車の先導を車副に伝えた。
「晴明社…陰陽道の神か…」
牛車を見送りながら、時親がつぶやいた。
(完)
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