「契約の龍」(54)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/06/17 14:41:50
「ユーサーの子たちの母親が違うのって、周知の事実なのか?」
秋期の新入生歓迎セレモニーを翌々日に控え、入寮生の受入が終了した日、図書館からの帰り道でそう訊ねられた。
そろそろ避難しなくてもよくなってきたクリスだが、以前に俺があまりお勧めできない、と警告しておいた、「ユーサー伝全種類読破」を実行中らしい。今日も借り出す所をカウンターで見ると、ユーサー伝ばかり七冊も借りていた。
「周知の事実かどうかは判らないが、少なくとも二人はそういう女性がいることは、わりとよく知られている。二男と長女の誕生日が二カ月しか離れていなくて、しかも同い年のこの二人は何かと張り合っていた、という記録が残っているから」
「それは、ちゃんとした文献で、っていうこと?」
「クリスの言う、ちゃんとした文献、っていうのがどんなものを指すんだ?」
「うーん……公の記録?」
「それでもまあ、間違いじゃないが……こういう個人的ないざこざっていうのは残りにくいだろ?何かの事件にでも発展しないと。……だから、客観性は薄くなるけど、手紙とか、日記とかの類を指すんじゃないかな。こういう場合に専門家のいう「記録」っていうのは。…俺だって書物でそういう事があるって知っているだけで、実際に生資料を拝んだことはない。…だが…あそこにならあるんじゃないかな」
「…歴史編纂所?アレクの憧れの」
「憧れって……」
否定はしないけどさ。
華々しい仕事ではないけど、一応お役人だから堅い仕事だし、一日中資料に埋もれていられるし……
……それはこの際措いといて。
「…あそこには、公文書だけじゃなくて、断絶になった大公家の私文書なんかも集められるからな。関係者によって処分されたりしてなけりゃ。あそこは整理さえされてりゃ、史料の宝庫だ」
「なのにユーサーの顔一つ判らない…っと」
おっとぉ。痛い所を衝く。
「ユーサー自身がそういう記録を残すのを嫌ったのかな」
「どうだろうな。その辺は、今探し回ってるはずの専門家さんが知ってるんじゃないかな」
「……見つけられるかなあ?」
「世界中を探す気になれば、あるいは見つかるかもな。ついでにユーサーの「空白期間」の謎もわかれば、大発見だけどな」
「わー……なんか、すごく無茶なこと頼んじゃった気がする」
「まあ、一生かけてでも探す気なんじゃないかな、あの勢いだと。クリスの目的には間に合わんかもしれんが」
「あ…今更「間に合わないならいいです」って言えない状況、ってこと?」
「クリスがそう言ったとしても、多分仕事とは関係なしに探すんじゃないかな。「遣り甲斐」で目がきらきらしてたし」
「遣り甲斐……」
「まあ、そういう事なら、見つけられずに終わったとしてもそれならそれでいいんじゃないのか?本人が満足なら」
俺がクリスの世話を焼くことが、苦にならないのと同じで。
「…ところで、話を戻すが、ユーサーの子たちの母親が、って、五人全部が、って事か?」
「うん。今まで読んだ中で、子どもの事に触れてるのには、半分くらいそう書いてあった」
「んー……」
まあ、多数決でいえば信憑性あり、に傾くが、歴史的事実っていうやつは、多数決で決まるもんじゃないし。
「そういう説があるのは、知ってる。けど、あまり知られている事ではない、かな。あまり問題とされるような事でもないし。…でも、クリスはそこが気になるんだ?」
「そりゃ……あの強烈な馬鹿龍に会っちゃったら、なるほどなあ、って気が。よく五人も近づけたものだと感心さえする」
うーん。着眼点はそこか。
「そりゃ、「証」が痣や入れ墨と同程度に感じられるほど、魔法に対する感受性が低けりゃ、「龍」が何か仕掛けてきても気にはならないんじゃないかな」
それに、……ユーサーにその気さえあれば、女性の側の合意がなくても、子を為すことはできる。
クリスの父親が示唆したように。
「…まあ、歴史家の目から見たら、二人も五人も、大差ないんじゃないかな?……実はユーサーは女でした、っていうよりは」
「そんなびっくりな説があるのか?」
「ないな。……創作物としてはどうかわからんが。だいたい、そんな説があったら、例の長女と二男の事は、どう説明する?」
「…そこは間違いなく事実なんだな?」
「事実とされてる、って言っておくべきだな。正確を期するなら。後々どんな新事実が出てこないとも限らないし」
記録に残っていない、ユーサーの隠し子が、どこか遠くで見つからないとも限らない。何しろ、「空白期間」があるから。
感想書いてないけど、楽しみにしてます^^