「祀り」弐
- カテゴリ:自作小説
- 2009/06/14 08:25:33
・四条橋 鴨川沿い
薄青色に竜胆唐草紋様の狩衣を着て、烏帽子をはずして扇子をパタパタと扇ぐ青年がつぶやいた。
「暑いのに外廻りとはついて無いなあ」
「奉親、みっともない格好はやめろ。烏帽子を被って、服装を正せ。
往来だぞ。わきまえろ」
薄藤色に三十襷紋様の狩衣を着て、並び歩く青年が注意した。落ち着いた雰囲気で聡明なまなざしの彼は天文生の安倍時親、二十三歳。安倍吉平の長男である。炎天下の中を半時ばかり歩いているが、服装を乱すこと無く、辺りをさりげなく伺っている。
ハイハイ、と生返事を返して、烏帽子を被り直したのは陰陽生の安倍奉親、二十二歳。吉平の次男である。二人は鴨川沿いの捜索を言い渡されていた。
「しかし、何か印しを探せって、何の印しを探せば良いんだよ」
なおも奉親はぼやきながら、髪を整えた。
「父上の占が明確に出ないそうだ。
他の陰陽師に占を立てさせたが、これもはっきりしないらしい。
我らとて、卦を立ててもさっぱり。
父上は心配しておるのだ。
安倍家の者の占がことごとく出ないのは、今回の件、
安倍に関わることではないか、と。
占い判じ得ないものは、目で探すしかあるまい」
聞いてか聞かずか、それに取り合うことなく、周りをキョロキョロしながら奉親が言った。
「おい、水干着た坊主達とやたらすれ違うと思わないか」
「今は流行病もなく、平穏になった都に地方から流入してくる者が
後を断たないと聞く。しかし、先程からの御坊達は目つきが鋭いなあ。
注意を払わねばならんかもしれん」
話をしながら、彼らは四条から下がり、五条松原に至った。
「祖父殿の墓の様子を見に行こうか。法城寺はすぐそこだ」
あての無い探索に飽き飽きしていた奉親が提案した。祖父とは彼らの父の父にあたる安倍晴明である。
「この前の鴨川氾濫で、墓地が流されたと聞く。
工事はまだ始まらないらしい」
と、時親も墓のことを気にして進み出した。
法城寺は晴明が鴨川の氾濫を治めるべく修法して、五条橋東北の中島に建てられた寺である。 晴明の死後、ここに葬られた。
晴明が死して、その術の効力が薄れたのか、近年鴨川はその流れを乱してきた。そして、数日前の大雨で川は氾濫し、法城寺の墓地の一部が流された。
晴明の墓が濁流で壊されたと聞き、吉平が来て場の浄化と埋葬地特定のため、修法して数本の御幣を立てていた。
辺りは流れてきた土砂で埋められていて、どこに何があったか、判然としない。墓地の目印となっていた松も泥をかぶって、傾いていた。吉平は覆射の要領で、土に埋もれてしまった晴明の埋葬地を特定した。
「なあ、兄上殿。この前来た時より、御幣の数、増えてないか」