「オーケイ !!」私は強く承諾した、
失くすもの・・・指１本か、得るもの・・・数千万円のフェラーリか。
ジッポーの威力はすでに証明ずみだ、
この８年ただの１度も着火しなかったことはなかった。
「１０回続けて着火したら、フェラーリは君の物だ」
と男は落ち着いて言った。
チョロイもんだと私は内心ホクソ笑んだ、
すでにフェラーリを手に入れたようなもんじゃないか。
万が一失敗しても・・・そんな事はあり得ない仮定の話だ・・・、
失うのは指１本。
ロアルド・ダールの小説をまさに地で行く話、
私はジッポーをかまえた。
カチッ・着火、カチッ・カチッ・カチッ着火。
すべて順調、これで４回だ。
チラッと男の顔を見る、無表情。
・・・いい度胸してるぜ、私は胸の中で呟いた。
それにしても酔狂な男だ。
カチッ、５回目着火・長い炎が風で真横に倒れる。
しかしこれしきの風なんて、６回目親指がチョット滑りかける。
が、無事着火。
一瞬ヒヤリとした。
少し慎重にやらなくては、と７回目をかまえる。
奇妙な事にここまで手に入るかも知れないフェラーリのことだけ考えてたが、
この段階から私の胸に浮かぶ思いは失うかもしれない指の方えと変わっていった。
何てことだ、７回も着火。
カチッ、８回目いったんついた炎が揺れる。
ヒャッと冷たい汗が背中に添って滑り落ちた、
どうしてしまったのだやけに指が固くなっているぞ。
９回目をつけるのに、勇気がいる。
私はすがりつくようにフェラーリの中を見つめた、
ロアルド・ダールの小説ではこのあたりで男の女房が姿を現すのだ。
馬鹿な真似はやめなさい、と止めるのだ。
どうしたんだ、女は ? 。
なぜ車の中から出てこない ? 。
カチッ、生唾を飲む一瞬。
つかないのではと思ったくらいだ、辛うじて着火。
命が縮む、喉がカラカラだ。
フェラーリの男は９回目のライターの火に、新しいタバコの先を近づける。
無言のまま、深々と煙を吐く。
と、その時フェラーリの中からスゴイ美人が姿を現す。
年の頃なら３０前後、ほっそりとしてるのに重たげな乳房の感じ。
ものうげに、二人を見つめる。
「賭けをしているんだ」
フェラーリの男が言う。
「指を賭けているんです」
私が悲鳴のように聞こえなくもない声で女に訴えた。
正に・・・、訴えた・・・止めてくれ・中止にしろと言ってくれ。
小説ではそうだったじゃないか、小説では男の妻がやって来て止めるのだ。
あらあら、あなたまたなの ? 。
悪い癖が始まったのね、そして男の妻が言うのだ。
いけませんょ、おやめなさい。
妻はライターの男に説明する、ほら、ごらんなさいこの人の指。
見ると男の手の指が３本切断されていて、ないのだ。
男は狂ったギャンブラーで、車も賭けで手に入れたものなのだ。
それが結末、賭けは中止だ。
が、フェラーリから出て来た女は肩をすくめて呟くのだ。
「また悪い病気が始まったのね」
私は男の手を思わず見る。
５本の指が両方ともそろっている、私はこの勝負に負けたことを感じる。
「さぁ」
と男がうながすように私を見る。
女の視線も私の手元にそそがれる。
私はライターをかまえる、１０回目。
最後の一発だ。
フェラーリか指か。
カチッ・・・・・・・あっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。