契約の龍(40)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/26 17:26:17
金色の光の奔流は、やがて暗闇の中を貫く一筋の光となり、それを辿っていくと、青い空間に到達した。
(…ここが、ゴール?)
さまざまな色合いの、青い色が、流れ、渦巻き、押し寄せてくる。
(……おそらく。前来た時と感じが似てる。…降りてみよう)
(降りる?)
この、上下も左右も判らないような空間で?
(前の方に「本体」があると思って前半身が埋まるより、下の方に「本体」がある、と思って足が埋まる方が、気分的に楽でしょ?)
気分の問題、というなら…どうせ埋まるなら、頭よりは足、か。
…というか、「埋まる」事は確定なのか?
(でも、そこまでこっちに都合に合わせてくれるような親切な相手か?)
(気をしっかり持てば大丈夫。相手の親切を当てにするんじゃなくて、確固たる信念で、「私はお前の上に降りるんだ」って考えるんだって、ジリアン大公が)
(そう言ってた?)
(自分に言い聞かせてた)
クリスがはじけるように笑う。
(この空間を支配する力は、あっちの方が強いから、「自分」をしっかり意識しないと、呑み込まれちゃうからね)
(そうだな)
確かに、空間に満ちている力に、強い支配力を感じる。クリスを抱える腕に力を込めると、小柄で華奢な体が意識される。
そのうちに、足元が何かに接触するのを感じる。柔らかく足元が包まれる…というか、足元がめり込んでいくような。
(なんだか、足元がめり込んでいくような気がするんだが)
(うん…でも、最終目的地は、この先だから。…ここで待っててくれる?)
(ここで、って。こうしている間にも沈んでいくんだが)
(気をしっかり持てば大丈夫。当てにしてるんだから、溶けちゃわないでね)
溶けるのは御免蒙りたい。そう思うと、沈むのが止まったような気がする。
(じゃあ、合図したら、これ引っ張ってね)
そう言われて細い紐状のものが手渡される。見るとそれは細長く三つ編みにされたクリスの髪だった。残りの髪は、背中を覆って、腰のあたりまで伸びている。
(これ…思い切り引っ張ったら、痛くないか?)
(だから、気分だって。手を繋ぐ、でもいいけど、この手が長ーく伸びるのって、怖くない?)
確かに、それは。
(怖いな)
(でしょ?…じゃあ、行ってくるから)
そう言って俺の腕の中からするりと抜け出たクリスが、足元の方向に消える。
ポチャン、という水音が聞こえたような気がした。あたり一面が青いせいだろうか。
時間の経過の判らない空間で、ただ待つ、というのは、かなりきつい。
どちらの方向を見ても、ただいろいろな「青」がうねっているだけ、というのも、かなり滅入る。
…どちらの方向も?
入ってきたのは、どちらからだったろう?
確か上の方………
首をめぐらして、上の方を仰ぎ見る。やはり同じように青い色が漂っている。
来た方向を見失ってしまったのだろうか?
………違う。
ここでは方向は意味を持たない。出るときは「外へ」それだけを意識すればいい。
「気をしっかり持て」というのは、こういうことなのか、と改めて思う。
目に映るもので、唯一青い色彩をまとっていない、クリスの髪に目を落とす。ちゃんと「龍」のところまで到達できているだろうか?
ふと、軽く引かれるような手応えを感じたので、慌てて引っ張る。気付くと足元が頼りなくなっていて、ちゃんと引き寄せる事ができているのか心許ない。
足元が頼りない、というか…沈み込んでいるような気さえするのだが。
クリスが足元から現れた。ひどく慌てた様子で、体をその空間から引き抜く。
(…だめ。聞く耳を持たない!……いくつかわかった事もあるから、いったん引き揚げよう!急いで!)
(急いで、って…)
踝まで埋まりかけてるし。しかも更に沈みかけているし。
その様子を見てとったクリスが、飛びついてきた。
(だから、気をしっかり持て、って!……「龍」のご飯になるのはいやでしょ!?)
なぜか、クリスが半泣きだ。
(クリス?)
(当てにしてる、って言ったでしょ!?溶けたらだめ、って。…今ぼやけかけてたよ!?)
クリスにはそんな風に見えてたのか。
しがみつくクリスをしっかりと抱き返す。
(大丈夫だから。急いでここを離れるんだろう?理由は聞かないけど)
意識を「外」へ向ける。空間全体が、ざわり、とまとわりつくような感触。
クリスが「拒絶」の意思を投げ放つ。
(来るな!寄るな!触るんじゃないっ!)
そんなクリスを抱えて、能う限りの速さで「外」へ向かう。