Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


契約の龍(36)

 国王の目配せで王妃が席を立った。他の参加者を促して、その場を離れる。
 今日の茶会は、天気が良い、ということで庭の四阿で開かれている。
 心地よい風が吹いていたが、今はそれを感じている余裕がなくなった。
 王がカップを皿に置いて、口を開いた。
 「ケルヴィン学長のところに厄介になっているそうだな。……ずいぶん大きくなったものだ」
 「…私のことをご存じで?」
 「あの時期、在学してた学生は、皆知っていると思うぞ。レイの事故では、ご両親がお気の毒なことになったのも聞いている」
 「…はあ…どうも」
 「伝い歩きができるようになってからは、随分登られたな、貴公には」
 「それは……失礼致しました」
 「あれの母親が言うには、だらしなく座ってばかりいるから、だそうだが、本当のところはどうだったのかな?」
 「………申し訳ありませんが、覚えておりません」
 王が苦笑する。
 「まさか、そんな小さい頃のことを覚えておるとは期待しとらんよ。…レイの事ならば、覚えておるか?」
 「初等教育のため、街に出ていることが多かった時期なので…何回か姿をお見かけしたくらいかと…」
 「…そうか?」
 何か言いたげなので、頑張って記憶を掘り起こす。
 「そういえば……入学直後に、一度だけ話をしたことがあるような……子供の頃の話をされるのがたまらなく苦痛な頃でしたので……ああ、それで避けていたのかな」
 「貴公に会うのを楽しみにしておったからな。はしゃぎすぎておったのだろう」
 「そんな…会うのを心待ちにされるような事は」
 「赤子というのはな、成長が著しいものだから、それだけで会うのを心待ちにされるのだよ」
 「はあ…」
 「ましてや、まっすぐ走ることも覚束ないようなうちから、「力あるモノ」を使えるような神童とあっては、な」
 「…は?」
 そんなモノ、使役した覚えはないが。
 「まあ、そういうことで貴公の能力については、聞き及んでおる。ほかならぬ、学長からな。魔法についての、あの人の評価は信頼できるからな」
 王が人差し指でカップの縁を弾く。澄んだ高い音がかすかに響く。
 「技術的な事は他から学べば向上するものだが、もって生まれた能力、というのは、容易にはかさ上げできるものではない」
 「…恐れ入ります」
 「翻って、クリスティーナの事だが……あれの母親が教えたのであれば…本人がやれる、というのであれば、不可能ではないのだろう、と思う。ただ、相手が…」
 王が掌に「金瞳」を出してみせる。
 「これ、だからな。……クリスティーナを失うわけには、ゆかぬ。…………最悪の場合、命だけでも、永らえさせねばならない」
 言葉を切ってこちらの顔を見据える。
 最悪の場合……
 「………貴公は」
 目の色が真剣だ。
 「意識のない…魂の失われた女を抱くことができるか?」
 切れ味の悪い刃物で身を切られたような気がした。
 クリスの意識を、「龍」から取り戻すことができなければ……
 「…それは…」
 「あくまでも、最悪の場合、だ。あれの命さえ永らえさせることさえできれば、これを次代に残すことができる」
 クリスの体を使って、「金瞳」を持つ子をつくらねばならない、と。
 「なぜ、それを私にお尋ねに…?」
 そんなことはしたくないし、させるわけにはいかない。
 第一そんなことをしても、意味がないし、危険だ。
 ジリアン大公の最後の子は、何歳で亡くなった?
 「なぜか、と問うか?あれがそなたを選んだからだ。他の誰でもなく」
 「選んだ、って…そんな大げさな。学院に入って、たまたま最初に引き合わされたから、というだけだと…」
 「あれを学院に入れるまでの間、何人の男に会わせたと思う?十人や二十人では利かぬぞ?…もちろん、そういう意図があって会わせた、とは本人には言っておらぬがな」
 「だから、何を根拠に…」
 「根拠はいろいろあるがな」
 と中空に目をやり、指を折り始める。
 「…何より、貴公がここにおる。その事自体が根拠になるとは思わぬか?」
 「だから…それがどうして…」
 度し難いな、とつぶやいて、王が居住まいを正す。
 「魔法を使う者ならば、あれのやろうとしている事が、危険な事であるのは解ろう?ジリアン大公も驚いておったぞ。幻獣憑きが、その幻獣の支援もなしに他者への潜行をやってのけるなんて、しかもそのサポートが、男子学生だなんて…と、な。その、危険な事のサポートに、あれが、自ら、貴公を指名したのだから…どれだけの信頼を寄せているか、判ろうというものではないか?」

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