波及<上>(自作小説倶楽部お題)
- カテゴリ:自作小説
- 2011/11/11 22:49:36
波及<えすかれーしょん>上副題:自作11月/ 「波『波及<えすかれーしょん>』」 主は曰く、敵を倒せやっつけろ! 「えーと、詰み(チェックメイト)だ。きみの負け」 「え・・・・・・? あ! ちょっと待った! 今のなし!!」 少女は、きらめくウェーブブロンドをしゃくって叫んだ。 「待ったは、無しだよアリス」 少女<アリス>の目の前に陣取った大熊猫<リー>は、言った。 「あー、もぉ嫌! 欠陥(バグ)よ。絶対!! さっきはあたしが勝ったんだから!!!」 アリスは触れられもしない駒を蹴ろうと試みる。 「さっきはね」と、大熊猫はほくそ笑んだのか鼻にしわを寄せる。「今のは、ぼくの勝ちだ。それにアルゴリズムを組んだのはきみじゃないか」 「うっ・・・! もぉいいわ! こんなクソゲーなんかもうしないわ!」少女はついに観念したのか、悪態をつきながら波立つ髪をさらに波立たせる。「大体おかしいのよ! 歩兵が、騎兵に勝てるわけ無いじゃない!!」 「なら、今ので、通算255戦、120勝119敗17分でぼくの勝ちだね」 リーはニヤリと八重歯を晒す。 それを聞いて、少女は「ムウッ!!」と、押し黙る。 アリスは負けるのが大嫌いなのだ。負けず嫌いとは言うに易しいが、アリスは本当に「負けるくらいなら死んだ方がまし!」と、公然と言い放ち、実行するくらいの高潔な気性(プライド)の持ち主なのだった。 ことの始まりは、広域情報資料領域(インフォリアアーカイブズ)の片隅でリーが見つけてきた対戦遊戯(ウォーゲーム)だった。 チェスという名のその古代遊戯は、互いに同じ数の駒を、縦横8×8マスの盤上で動かし、勝利条件が満たされるまで、互いの駒を取り合うというものだった。 リーが見つけ出した資料を、面白半分でアリスがアプリケーション化し、プレイし始めたのだが。 「いいわ、ちょっとやり方を変えましょう」と、アリスは、額に手を当てて言った。その顔は笑っている。「現実なら、こうはならないはずよ!」 そう言い放ち、アリスは操作卓(エンターミナル)を呼び出し操作し始めた。 「どうする気だい、アリス」と、リーが聴くと、「ちょっと黙ってて!」と、アリスは叫んだ。 アリスが、一息つくと、二人がプレイしていたチェス版は消え去り、代わりに立体映像(ホログラフ)が現れた。 「これはアトリウムじゃないか」と、リー。 「そうよ」と、自信たっぷりにアリスは言った。「こんどはこれで勝負よ」 パシンと、アリスが指を鳴らす動きをすると、ホログラフの中央に庭園保守端末と思しきロボットたちが集結した。 造成機に散水機から開墾作業機械に集塵機、ガードロボットまで動員されている。昼下がりのアトリウムは騒然となる。 「ぼくの大事なコレクションだ!」と、大熊猫は叫んだ。 「管理してるのは私よ」と、アリスは返す。「ここなら人的被害は無いし、補修も容易だわ。それとも、こないだ買ったあの植物がどうなってもいいのかしら、ちょっと環境温度を上げたたらどうなるかしらね。せっかく新棟を増設したのに」 「・・・わかったよ」と、リーは苦虫を噛み潰した表情で、応じた。 アトリウムは、二人が共同所有する人工惑星上にある半径500キロメートルを超える巨大なクレーターに形成された観賞用の完全人造庭園(アーコロジー)だ。通称、箱庭(アトリウム)。 造成機がうなりをあげ、侵攻を開始する。その阻止すべくガードロボットが牽制した。 端末の数は互いに同じ数だ。管理している棟別にマーキングが施されている。 アリスが操るのは白、リーが指揮を執るのが黄だった。 戦闘を開始し、数分が経過したが、戦場は膠着していた。 チェスと比べユニットの数が多い上、盤上の駒と異なり、それらが戦場をリアルタイムで動きまわる。それでいて、それを操っているのはたった一人の指揮者なのだから、当然といえば当然だ。 そんな状況が数分続いた後、先にそれを思いついたのは、アリスだった。 アリスは自軍のユニットに自動戦闘プログラムを組み込んだ。端末に搭載されている自律行動プログラム(AI)の構造を戦闘用に改変したのだ。その至上命令は「敵を倒せ、やっつけろ」だった。 こうして、流動的な戦闘にもたった一人でも即時的に対応可能となった。 それに遅れること数分の後、リーが、その真似をし、戦闘は激化し、広範囲に広がった。 最初は一部しか衝突していなかったユニットが今では、ほぼすべて戦列に加わり、戦闘を展開していた。 戦闘が始まって1時間ほど経過した頃、今度はリーが個々のユニットをデータリンクで接続し、連携した連続攻撃を開始したことで、戦闘はいっそう白熱した。 その戦闘は長期化した。二人ともゲームにのめり込んだ。最初は休戦協定を結んで、休憩を取ったが、その間隔は段々と伸び、ついにはなくなった。
彼女の視界の中では、無数の川が流れ、めまぐるしくその流れを変えた。その川の一つ一つが、アリスの紡いでいるアルゴリズムだ。