有る日、俺の所に子供の隊士が来ると
「副長がお呼びです」と、言いに来た。
俺はこの餓鬼の隊士が嫌いだ!
この餓鬼の隊士は名前を市村鉄之助と言う。
俺が伊東甲子太郎の所へ間者として行っている間に新撰組に入り込んだ輩だ。
この鉄之助は近藤隊長と土方副長の両長召抱人として14才で此処にいる。
新撰組は旗本でも無く小姓と言う者はいないはずだが、この両長召抱人が新撰組の小姓と言うわけだ。
俺が居ないうちに入ってきた子供は鉄之助の他に田村銀之助、玉置良三といて
田村も玉置も見目も良くその性格も愛らしく「新撰組の銀よ玉よ」と自慢げに言う連中も多い。
俺はそれに反論は無い。銀も玉も好ましい。
問題はこの市村よ。
市村は容姿が沖田と良く似ている・・・
それだけでも俺は苦手だのに・・・
こいつの性根は全く生意気だ!
なので、俺だけで無く、他の隊長達にも嫌われている。
市村鉄之助は沖田と似ているのを見て
近藤隊長が気に入るだろうと紹介をもって新撰組に入隊した。
近藤隊長は子供達を土方副長附属にした。
土方副長はああ見えて子供好きで、田村も玉置も気に入ったが
一番気に入ったのが恐ろしく気が強い市村鉄之助だった。

何故ゆえ?
その鉄之助のおかげで沖田はえらく機嫌が悪い。
俺が帰ってから鉄之助の愚痴ばかりだ。

昨日の昼間の事だ。
俺は沖田と甘味屋に居た。
寺社の甘味屋は沖田のお気に入りと言うのに愚痴りだした。
「私は芹沢先生も伊東先生も憎いと思った事は無いけれど、あの鉄之助は憎らしい!殺してやりたいですよ!土方虎の衣を着る狐ですからね」っと言う。
人好きの沖田にしては珍しく語気が荒い。
何でも沖田と何某が土方副長の仕事をしている横で話しをしている。
良くある事だ。
沖田と何某の話しは宙を飛び地に潜って言葉の海をとりとめもなく泳ぎまわる。
すると、新しいお茶でも持ってくるのかと思っていた鉄之助がずいっと沖田によってくると
「副長はお仕事中です。お静かにお願いいたします」っと言って出ていた茶や菓子を片付けると部屋の障子をずいっと開けて・・・
無言で「出て行け!」っとやってのけた。
相手の沖田は隊長。
鉄之助は平隊士だ。格が違う。
格が違う奴が上役で目上の者に恥をかかせたのだ!
「あの時、切ってやろうと思いましたよ。」
と、沖田は怒る。
「だけど、土方さんが困ったような嬉しいような顔をして笑うんですよ。面白そうに小さく笑う」だから切れなかったと言う。
沖田はいつもは土方副長と言うし、その姿勢を崩さない男だが
そこは幼い頃からの付き合いだ。副長から一気に昔なじみの土方さんに戻ったりする事もある。
俺は夜中に急用を持って土方副長に指示を仰ごうとした所、
あの鉄之助に
「副長は体調優れずお休みで御座います」っと言って取次ぎも無い。
あの時は俺も鉄之助を切り殺したかった。
なんぞ思っていると・・・なんだか殺気立っている連中に囲まれていた。
「斉藤!貴様が斉藤一だな!」っと来た。
「斉藤さんお迎えですよ」と、沖田は言う。
「朱鞘の長刀だから薩摩ですよね。伊東先生の弟の三樹三郎さんは薩摩に逃げたからなぁ裏切り者の斉藤一憎しですよ」なんて人事のように言う。
狙いが俺なら詮無い事だ。
「三樹三郎さんは斉藤一は殺りたいけれど、あの人の腕では斉藤さんは切れないしねぇ」どこまでも人事にしている沖田だ
良く見れば腕に覚えのありそうな奴らなのにげんなりする。
だが、俺ひとりでは無い沖田がいる。
片付けるのに世話はなかろうと・・・踏んだが・・・
「じゃ、私は帰りますから」っと、沖田が言うから驚く!
「この人が斉藤一ですよ。私は帰ります」だと!薩摩の人間達も驚いたようだが持ち帰る首は俺の首だから一人消えるのは好都合のようだ。
あっと言う間に薩摩に囲まれて俺は沖田の遠ざかる背中を見ている・・・
「沖田ぁあああ!!」

俺は何とか薩摩の連中をねじ伏せて帰ってきたが疲れてそのまま寝てしまった。
が、本当は副長に報告せねばならなかった事。
だが、俺は先に帰った沖田が報告しているものと踏んでいた。しかし、沖田はそれもしていなかった。
沖田の奴!鉄之助の事で俺に当たっているとしか思えん。
そんな時の副長からの呼び出しに鉄之助とは何と言う事か。
鉄之助に
「俺は切り殺すと言ったらお前はどうする?」と聞くとすっと鉄之助によってその喉に小刀の刃を乗せみた。
鉄之助は全く動じない。
自分を切れば、いかに俺でも只で済むまいと言う事か?
その沖田に似た顔に傷を引いてやろうか鉄之助。
すると部屋外から声がかかった。
沖田の声だ
「副長がお呼びなら早く行った方が良いですよ」っと屈託ない。
「命拾いしたな」と、鉄之助に言うと
「この命は副長にお預けしたもの。無駄にならず助かりまして御座います。」と来た。食えねえ餓鬼だ。
沖田は廊下で俺に寄ってきて
「殺るのは私です。抜け駆けはやめてください」と小声で言うので・・・俺は苦笑った。
沖田と鉄之助の餓鬼は本当に良く似ていやがる