■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に…(29)
- カテゴリ:その他
- 2011/09/20 23:33:35
■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に詣づるの記 九(4)
すると娘も同じ電氣にでも感じたかのやうに、まじろいて身を起《おこ》した。端艇は過ぎて行く、そして遠靄《とほもや》の中に没してしまふ、岸にはあゝとの嘆息《ためいき》のみが取り殘された。
しばらくして、娘は、
「シヱークスピーア[#「ヱ」は小文字]が此の土地に居られなくなつたのは、サー、トーマス、ルーシーの蓄《か》つてる鹿を盗んだからだと言ひますが、わたしは何だかそれにはシヱークスピーア[#「ヱ」は小文字]に言い譯がありさうに思はれます。」
「さあ、それはどうとも言へないやうですね。」
といふとき、老紳士は後《うしろ》の畠道《はたけみち》から歸つて來て、我等の傍《そば》から口を挿《はさ》んだ。
「私《わたし》の讀んだ範囲での傅記によると、よし盗んだにしても、それは半分は習慣、半分は徒戯《いたづら》くらゐのものでは無かつたか。『盗んだ』といふ語が餘り強いから、彼れを呪ふやうに聞こえるのぢやらう。そんな例は今でも田舎にはよくある事ぢや。それで私《わたし》はシヱークスピーア[#「ヱ」は小文字]の此の事件に關しては、一種の哲學を立てゝゐますよ。」
「おもしろいですね。どんな哲學でせう。」
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*註1:すると娘も
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。
*註2:起《おこ》こした
「起」の正字体。旁の「己」が「巳」。
*註3:過ぎて
「過」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註4:遠靄《とほもや》
「遠」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註5:没して
「没」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/botsu.jpg
*註6:嘆息《ためいき》
「嘆」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tan.jpg
*註7:「シヱークスピーア[#「ヱ」は小文字]が此の土地に
原本では行頭のカギ括弧“「”が脱字しているので改めた。
*註8:畠道《はたけみち》
原本のルビは「はたみち」とあるが改めた。
*註9:半分
「半」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/han.jpg
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg
*註10:習慣
「習」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syuu_narau.jpg
*註11:徒戯《いたづら》
「戯」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tawamure.jpg
*註12:強い
「強」の俗字。旁が「口」+「虫」。
*註13:田舎
「舎」の旧字体。「人(ヒトカンムリ)」+「舌」。
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■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1
雨で早く寝ちゃたよ8時くらいに
また寝るけど