■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に…(27)
- カテゴリ:その他
- 2011/09/18 07:28:25
■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に詣づるの記 九(2)
此土地の風格の、何とはなく清らかで、情《なさけ》ありげなのは、畢竟この川あるが爲めであらう。シヱークスピーア[#「ヱ」は小文字]と、エヴンとは、土地の命《いのち》である。若しあの白鳥《はくてう》がシヱークスピーア[#「ヱ」は小文字]の靈であつて、それがエヴンに浮かんでゐるとすれば、其の關係はいよいよ面白くなる。
など考へてゐる間《ま》に娘はそこらで一つまみの櫻草《さくらさう》を摘んで來て、笑いながら、「之れを君に捧ぐるの名譽を許したまへ」といつて我が胸の左の釦穴《ボタンあな》に挿《さしはさ》んだ。
「何を考へて居らしつて?」
「今妙な事を考へました。あの白鳥《はくてう》がシヱークスピーア[#「ヱ」は小文字]の靈《れい》ではないかといふ……。」
「ほゝあなたも迷信家ですことね。」
「迷信といふ譯でもないのですが、今日《けふ》午《ひる》にも、あのシヱークスピーア[#「ヱ」は小文字]の家の窓を見てこんなことを考へた。夜《よる》遲くあの窓から明りが漏れてゐると、アン、ハサウェーが村から尋ねて來て、そつとシヱークスピーア[#「ヱ」は小文字]を呼び出して、この牧場の邊から舟でも出して夜中《よぢう》月《つき》の下《もと》に身《み》の振方《ふりかた》の相談をしたのではないかといふのです。」
と言つて不圖《ふと》見ると、娘は赤面《せきめん》して俯《うつむ》いてゐる。
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*註1:清らか
「清」の正字体。「月」は「円」。
*註2:情《なさけ》
「情」の正字体。「月」は「円」。
*註3:畢竟
「竟」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kyou_tsuini.jpg
*註4:靈であつて
原本には「靈があつて」とあるが誤植と思われるので改めた。
*註5:浮かんで
「浮」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hu_uku.jpg
*註6:許したまへ」といつて
原本には『許したまへ、」といつて』とあるが改めた。(もしくは読点ではなく句点かとも思える)
*註7:釦穴《ボタンあな》
原本のルビは「ぼたんあな」とあるが改めた。
*註8:迷信
「迷」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註9:尋ねて
「尋」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mata.jpg
*註10:夜中《よぢう》
原本のルビは「やじう」とあるが改めた。
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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1
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