Nicotto Town



もうひとつの夏へ 【終章】

訝しげな駅員の視線が恭介を貫いていた。

しばらくして駅員は動かない恭介から視線をはずすと

笛を口にゆっくりと当てた。

すぐに警笛が閑散としたホームで鳴り響いた。

電車の扉が閉まる寸前

階段からけたたましい足音が聞こえてきた。

もうひとつの未来だった電車が目の前を過ぎ去って行き

「ごめん!遅れちゃった」

新しい未来は、バツの悪そうな顔をしながら手を振りやって来た。

「次の電車まで2時間か~」

5分間隔でやってくる電車しか知らない僕にとっては驚きだった。

僕らは雪美の故郷を目指していた。

「空と海が綺麗なだけの、ど田舎」

雪美は昔そんな風に言っていた。

父母が離婚したから幼少を過ごした場所ではあるが

厳密には、もう田舎ではないのかもしれない。

でも自分のルーツである場所を、僕に見せたかったのだろう。

雪美はこの夏、小旅行を僕に提案してきた。



「え? 今、なんて言ったの?」

信じられない! とでも言うように雪美は目を丸くして恭介に尋ねた。

「ちょっとその辺歩こうか って言ったの」

「この暑いのに?」

「そうでもないさ」

ホームを降りて改札をでて2人は、あてもなく田舎道を散策した。

駅を出てから繋いだ手は、すぐに汗ばんできた。

特に言葉を交わすでもなく

時折、お互いの顔を見つめては笑いあい

蒸せるようなあぜ道を並んで歩いていた。

都会では、聴くことができない大音量のセミの声を

「これがヒグラシで、これはミンミンゼミ」

などと解説をする雪美。

いつのまにか小指だけでつないでいた指を繋ぎなおし

思い切って聞いてみた

「本当によかったのか? 結婚式」

「うん 私には出てくれる人も少ないし…」

その横顔は、決して強がっているようではなかった。

「恭ちゃんと、2人でいられたらそれでいいの」

満面の笑みを浮かべて、そうこちらを向かれるともう何も言えなかった。

木陰を選んで歩いていたのだが

それでも半端ではない量の汗が噴出していた。

どれだけ歩いただろうか?

視界には少し大きめの公園が現れた。

「水だ~!」

雪美は、ひらひらと右手で扇ぐしぐさを止め

まるでオアシスを見つけたキャラバン隊のように大声を上げた。

「よし!行こうよ」

と、僕の返事を待たずに右手を取って駆け出した。

車道を横切り、歩道をぐんぐん進み

公園内に入り、よく整備されたウォーキングルートを辿った。

いつの間にやら攻守は入れ替わり

僕が彼女を引っ張る形になっていた。

雪美といえば抵抗することもなく

手を引かれるまま走っていた。

砂場を横目に、芝生を横切り

白百合の花を越えると石畳の中央スペースに出た。

そこには巨大な噴水がデンと存在感をしめしていた。

けれども、節水のためか水は出ていない。

「え~なんで?」

見つけたオアシスが枯れ井戸だったことに

キャラバン隊員は不満げだった。

「まあ日頃の行いだな」

「なんでよ!」

雪美は不満げに口を尖らせる。

「あ~でもだったら…恭ちゃんだって同罪でしょ?」

なぜだか僕を共犯者に仕立てようとする。

「だって、一緒に暮らしてるんだから日頃の行いは一緒だもん」

なるほど一理ある。

「なら出るよ、水は出る!」

言い終わるか終わらないかの内に

タイミング良く噴水が高く高~く水を噴き上げた。

「さすが! そういえば雪美は雨女だったな」

「それは恭ちゃんの方だって!」

頂点で無数の細かな水しぶきに拡散した水は

霧雨のように2人へ降り注いだ。

それはまるで新郎新婦を祝福するライスシャワーのようだった。



                        
                                               『還らざる夏の向こう側の夏へ』

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2011/12/04 14:13

最後まで読ませて頂きました^^
とても読みやすくてイメージがし易く面白かったです(*´ω`*)

最初はちょっと暗い感じだったので
え?バッドエンド?悲恋なの!?と思ってしまいましたが
最後は二人とも幸せなハッピーエンドで終わったので
うおおおお!!よかったーーーヽ(*´∀`)ノ !!と心から思いましたww



たまたま訪問しただけでしたが恭介さんに会えて
こんなに素晴らしい小説を読むことができたので本当に
訪問してよかったなと思っています(^^♪

他の小説も読ませて頂こうと思います。
ですのでちょこちょこ訪問するかと・・・

素敵な小説をありがとうございました^^

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2011/09/10 05:23
寝そびれてしまったので、その間に恭介さんの小説を読ませていただきました。
最近集中力がなくなって、読んでもなかなか物語の世界に入っていけないことがあるのですが、
このお話は、最初からぐいぐい引き込まれていきました。
最後の3行は、2人の今後を象徴するような表現で、余韻が残ります。
雪見のもうひとつの人生では何があったのか、優さんや振袖の女性が何者か気になるところですが、ファンタジーなので考えないことにします。
読み終わってから、「夏蝉」を聞いたら、すごくよかったです♪

「それほど面白い奴でもない」とプロフィールに書かれていますが、この小説を読んで、恭介さんがどんな方なのか、十分おもしろそうだと思いました。^m^

他の作品も、時間はかかるかもしれませんが、読ませていただこうと思ってます。

文才があるって、すばらしいですね!
私は、思うことが上手く言えない、書けない・・・そのうち何を思ってるのかもわからないときが・・・(^_^;) やれやれ。。
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2011/09/05 01:40
うちの近くにも「 大富豪ビル 」ないかな?

もう一つの夏の、新しい未来のような・・・2人の何気ない会話でも幸せだと思えるような。。。
そんな今が欲しいから。

雪美ちゃんは知らないけれど、事実を知っている恭介・・・。そんな不思議を、どう受け入れてるのかな。
今は幸せな夏なわけで・・・
もしかしたら、なかった夏なわけで・・・
一応自分が関与して新しい未来になったわけで・・・
すごいな。変えられるものなら、カエもやってみたいw

けど、出来るのは・・・これからの未来を変える為に行動することで、
未来は変わる・・・ってことだよね? 手を振りながら、ニンマリと。

・・・・・しかし、優ちゃんは・・・何者?w
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2011/09/02 12:27
最後まで読ませてもらったのでせめて、感想を。
読みやすくて一気に読ませてもらいました。ハッピーエンドで良かった。
文章は読むよりも書くのが好きで。だけど、小説を書くには文章力が足
りない。昔童話を作ったのだけど、「ふたばちゃんの願いごと」という題で。
いつかまた書きたいと思いつつ、何年経ったのか。
書いてみたいストーリーがあるのだけど、終わりがすっきりしなさそう。

よくみると、いっぱい書いてるんだね(笑)。ちょっと読んで勉強させても
らうかもしれないので、よろしく!。



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