Nicotto Town



もうひとつの夏へ 【6】

子供たちのにぎやかな声と

母親たちの冷たい視線に押し出されるように公園を後にした。

(これからどうしたらいいんだ?)

そもそもこれは何なのだろうか?

夢? それにしてはリアルすぎる。

現実? こんな馬鹿げた現実があるはずがない。

……どっちでもいいか。

とりあえずどっちであっても過去の胸のつかえは取れた。

それは間違いないのだから。

となると後は、元の時代に帰るだけ…。 どうやって?

そもそも帰れるのだろうか?



「結局此処に来るしかないよな」

大富豪ビルに来てしまった。

帰るあてはどう考えてもここしか思い当たらなかったからだ。

ゆっくりと自動ドアの前に立つと、大した音もせずにドアは開いた。

自動ドアをくぐると……そこには振袖の彼女が座っていた。

予想通りというか、あまりに恵まれた展開で少し笑ってしまった。

つかつかと彼女の前へ歩を進めていく。

「こんにちは」

山ほど聞いてみたいことがあった。

だが、彼女は表情ひとつ変えない。

「あの?聞いてます?」

詰め寄ってみるが、まったく反応がない。

予想外の反応に少々戸惑ってしまった。

そして、焦り…。

「ちょっと、何とか言えよ!」

ドンと少し乱暴に受付の台を叩く。

すると、カタリと何かが揺れる音がした。

音のしたほうに、視線をやる。

そこには、アンティークのような鍵が置かれていた。

手に取ると、頭の部分には09と読める細工が施してあった。
 
「また何処かに飛べってことかな?」

色々と聞きたいことはあったのだが、どうでもいいような気分になっていた。

2人を会わせてやる事が出来た。 それだけでもう十分だ。

そう思うと、すばやく奪うように鍵を手にした。

「ありがとう」

何にむけての感謝かわからない。

けれども自然とそんな言葉が出てきた。

その時、気のせいかもしれないが彼女がニヤリと笑ったような気がした。

右手が5号室、ならばその先が9号室なのだろう。

次は何処に飛ばされるのだろうか?

なんとも言えない気持ちを抱えたまま9号室の前へ立った。

鍵をドアに刺しゆっくりと回す。  カチリと鍵の外れる音がした。

9号室のドアを開けるとやはり室内は薄暗く、何も見えなかった。

(さて、鬼が出るか蛇がでるか…)

目を瞑り、部屋へと入るとやはりそこは部屋の外だった。

(予想通りというかなんというか)

ゆっくりと受付に向かう、もちろん振袖の女性など居なかった。

大富豪ビルの外へ出る、うん見慣れた風景だ。

(ん? 見慣れた風景…?)

あわてて時計を見る。

(僕が最初に大富豪ビルに来た時間から、5分程しか経っていないじゃないか…)

これは、もしかして、戻ってこれたのか?

一応確認のためコンビニへ向かった。

新聞の日付は、まさしく今日、8月31日のものだった。

安堵感からか、その場にしゃがみこんでしまった。

(ああ、やっぱりか~ ちゃんと現代に戻ってこれたようだな)

こうして夢のような時間から戻ることはできたのだった。

しかし本当になんだったのか?

不思議な体験を思い出していた。

夢を見たのが幻想なのか?

心の渇きが幻想を生んだのか?

でも…。

あの瞳の光が、唇の震えが幻か?

何よりこの肩の痛みが、薄汚れた黒いスーツがそうではないと物語っていた。

優に連絡しようと携帯を取り出しては見たものの

やっぱりまたポケットにしまってしまった。

(どうせ、明日また会うんだしその時でいいか)

そう明日僕と優は、また会うのだ。

そのことが僕を暗い現実へと引き戻した。

「そうか明日、雪美は灰になっちゃうんだな」

また自然と涙が流れてきた。

その後、どこをどう歩いたのか覚えては居ない。

ただ足はまっすぐと、自分の家へと向かっていたらしい。

歩きなれた地元の街。 そこかしこに雪美との想い出があった。

いっそのこと、想い出もすべて灰になってくれれば楽なのにな。

そんな事も思ったりした。

僕は男でよかった、女だったら確実に行き遅れるタイプだろうから。

部屋には、明かりがついたままだった。

余りに動転して、呆然としていた為、色々付けっぱなしで出かけたのだろう。

(鍵は掛けたっけな…?)

そんな事も覚えていない自分がすこし可笑しかった。

ドアの前に立ち、鍵を探すためにポケットをまさぐった。

手ごたえを感じそれを掴み抜き出す、だがそれは鍵ではなかった。

恐竜のキーホルダーか…。 なんだって優は、こんなものを渡したんだろうか?

今は判らない…。 判りようもなかった。

キーホルダーを左手に持ち換え、再び右手で鍵を探す。

鍵はどうやら掛かっていたようだ。

どこか抜けているようでも最後の詰めは甘くない。

いや、いつも甘い甘いといわれてるけどさ…。

今日はなんだか疲れたな、すぐに寝てしまおう。

そして明日は雪美と最後のお別れだ。

そんな事を思いながら玄関をくぐり、恐竜のキーホルダーを居間へポーンと投げ込んだ。




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