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■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に…(1)

■近代文藝之研究|研究|沙翁の墓に詣づるの記 一(1)

    沙翁の墓に詣づるの記

      一

千五百八十六年の春、四月の央《なかば》でもあつたらう、ウツドストツク街道《かいだう》からオツクスフオードの北の宿《しゆく》はづれに差しかゝつた、二十二三の旅人がある。疲れた足を停《とゞ》めて今宵《こよい》の宿《やど》はと見廻はすと向ふに何某《なにがし》のインといふ、古風な、蔦なんどの這ひかかつた旅籠屋の土壁が、今しも薄《うす》れ行く春の日影を一抔に浴びて、あか/\と照り榮《は》えてゐる。
北の都會からロンドンへの街道筋《かいだうすぢ》とて、此邊は殊に上《のぼ》り下《くだ》りの人馬《じんば》繁く、宿屋の門《かど》には、朝夕の送り迎へが賑やかに見られる。インの狹い梯子《はしご》を昇《のぼ》つて、明りのついた取りつきの部屋に這入ると、茲《こゝ》は石入《いしいり》の厚い叩き壁に古色ゆたかな、天井の低い、小さな、穴倉の樣な室《しつ》である。四月といつても北歐羅巴の夜陰はまだ薄寒ひ。ストーヴには薪火《まきび》が今丁度燃え上つて、マントルピースの上の燭臺の明りが却つて心細い。



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*註1:沙翁
「翁」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ou_okina.jpg

*註2:詣づるの記
「記」の俗字(か?)。旁が「己」ではなく「巳」。

*註3:街道
「道」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註4:這ひ・這入る
「這」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註5:浴びて
「浴」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/yoku_abiru.jpg

*註6:朝夕
「朝」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/chou_asa.jpg

*註7:送り迎へ
「送」「送」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sou.jpg
「迎」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註8:茲は
「茲」の俗字体(か?)。Unicode にも文字種がないようなので作字してみた。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/koko.jpg

*註9:薄寒ひ
「寒」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kan_samui.jpg

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1

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2011/08/11 00:02
新作だ^^



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