裏プロフ、その2
- カテゴリ:日記
- 2009/04/25 13:41:47
昔あるところにroseという人がいました。
roseは中立的な顔立ちをしていたので
本当の性別を知る人はいませんでした。
roseは毎日、お気に入りのストリート系の服装をして
昔占い師に言われたミズグラゲのように
街中をぶらぶらと歩いていました。
roseは一通り街中をぶらつき夕暮れ時になると公園に足を向けました。
そこは寂れた印象の公園でした。
2つのベンチと1つの自動販売機しかありません。
しかも2つのベンチの間に自動販売機は少々前へせり出し
向こう側のベンチに座っている人は
足しかみえない構造になっていました。
roseがここへ来る理由はひとつでした。
ここの自動販売機にはベヘロフカ風味の飲み物が置いてあるのです。
ベヘロフカは甘苦いハーブリキュールで
昔おじいちゃんが生きていた頃に、
roseの本当の出身地であるチェコのベヘロフカという飲み物に
似た味がするといわれたからです。
出身地といわれても日本の記憶しかないroseは
このベヘロフカ風味の飲み物の甘苦さで
行ったことのないチェコをただただ思い浮かべ、
もし自分がチェコで生活をしていたらと
実感の湧かない妄想にふけるのでした。
そんなある日、いつものようにベヘロフカ風味の飲み物を手に
妄想にふけっているとチャリンと足元に小銭が落ちてきました。
どうやら公園に人が来たことを気付かないくらい
妄想にふけっていたようでした。
急に気恥ずかしくなったroseは小銭を拾うと
落とし主であろう人のもとへ足を進めました。
そしてすぐに1人の人が目に留まりました。
その人は夕闇の漆黒と都会のネオンが似合う不思議な人で、
roseの服装を見ると顔をゆがめ
関わりたくないと言うかのように小銭さえ受け取らず
足早に去っていってしまいました。
誰もいなくなった公園は急に強い風が吹き始め
それは今去った人を冷房のように
クールな人と印象づけるかのようでした。
それからroseは毎日のようにその時間、公園へ向かいました。
行ったところで会える確証などなく、
会ったところで何を話して良いかもわかりません。
それでも時間が近くなるとそわそわしはじめ
結局は公園へ足を進めていました。
そんな自分の幼稚な行動に内心自嘲しながらも
どうしてもその人を忘れることが出来ませんでした。
しかしどうしてもそれ以来、その人に会うことはできませんでした。
月日が過ぎ毎日だった公園への行き来は次第に減っていきました。
roseの職業である薬剤師の仕事がだんだんと増えていったからです。
地域一体の感染症が問題になり始め
普段なら1週間分で充分間に合うはず薬剤の調合が
2、3ヵ月分を調合しなければ足りなくなっていったのです。
仕事の忙しさから、忘れがちになりそうになりながらも
ふとした瞬間に突然湧き上がるように
あの冷たい印象の人を思い出すのでした。
「あぁ、あの時は若かった。やるんじゃなかった」と
甘苦いベヘロフカ風味の飲み物のように懐かしむのでした。
1年後、その地域は閉鎖されることになりました。
roseたちの薬では感染症を抑えられなかったため
政府による地域一体の立ち退きが決定されたからです。
引越しを明日に控えたroseはあの公園にいました。
最後にもう一度故郷といわれた味を味わうため
そして、幼稚な未練がましい思い出に終止符を打つためでした。
誰もいない公園は初秋の冷え冷えとした風が吹き
公園に積みあがっている枯葉は感染症で亡くなった人の数を
表しているかのようでした。
roseはただ無力でした。
職業なのに役に立たない。
もうこうしてベンチに座っていることしかできないのです。
夕日が落ちて、ベンチから見える
オレンジと紫が合わさった夕闇の空が
いつか見たチェコの空を描いた絵葉書にどこか似ていると
ふいにそう思ったのでした。
吹き抜ける風が一瞬止まったように感じられました。
パン。軽い乾いた音が聞こえました。
きっとどこかで誰かが鳴らしたのでしょう。
そして、またあの冷房のように冷たい風が
吹き抜けて行ったのでした。
rose:享年78歳 死因:銃殺