前漢(西漢)・ 封禅
- カテゴリ:日記
- 2011/05/25 11:33:24
甘泉宮にて太一を祀ることを決めた直後のB.C.110年、
武帝は東方に巡幸に出て、泰山にて封禅の儀を執り行った。
封禅は聖天子以外行うことが出来ないといわれている儀式であり、
武帝の祖父の文帝はこの儀式を行うことを臣下から薦められたがこれを退けている。
武帝は国初以来の念願であった対匈奴戦に勝利を収め、
自分こそ封禅を行うに相応しいと考え、この儀式を執り行った。
この時に儒者に儀式のやり方を尋ねたが、
始皇帝の時と同じように儒者はこれに答えることが出来ず、
結局武帝の共をしたのは霍去病の息子の霍子侯だけだった。
そのためこれもまた始皇帝の時と同じくその儀式の内容は判然としない。
このような状態であるため郊祀が毎年の恒例と化していったのに比べ、
封禅はその後光武帝が行ったものの特別に行われる秘密の儀式に留まり、
中国歴代でもこれを行った者は数えるほどである。