Nicotto Town


小説日記。


魔女達の宴【断章】

#-【断章】 あなたは何処に居るのですか?




「広いわね」
 ザァァッ…と熱い風が、私と彼女に間に吹きぬける。
「えぇ」
 どこまでも広がる広陵とした砂漠。
 砂、砂、砂…目も眩む太陽。
 立ち昇る陽炎は私達にオアシスを見せる。
「どこまで行けばいいのかしら」
 彼女はそう、言った。
「この砂漠が終わる場所まで」 
 私は答えた。
 彼女はクスりと小さく笑った。
「そうかもしれないわね。でも、終わりなんてあるのかしら」
 彼女の煌めく長い金髪が熱風に弄ばれ舞う。
 海のように深い碧眼が遙か地平線の彼方を見つめる。
 微かに疲れと諦めが混ざったその台詞に、私は再び答える。
「えぇ。必ず」
 世界が砂漠だけになってしまったのでないのなら。
「貴女は強いわね」
 彼女の碧眼が私の瞳を射抜く。
 鮮やかな碧に映る、無感情な私の紅い瞳。
 色素の薄い澄んだ水色の髪。
 ただ見つめ返し、彼女の不可解な台詞の続きを待つ。
「私には終わりが視えないもの」
 彼女は自嘲気味に溜息を吐いた。
 一瞬弱まった熱風に乗って、甘いベリーの吐息が私の嗅覚をくすぐる。
「そうでしょうか」
 いつになく弱気な彼女の言葉に、私は適当に相槌を打つ。
 不意に熱風がうなりを上げて彼女と私の髪と衣服と乱した。
 白い布を幾重にも重ねただけの簡素なローブに身を包んだ私達は、吹き上げられた砂埃に目を細めた。
「貴女の強さは、きっと揺るがない意志ね」
 そして熱風がまた弱まった時、彼女は言った。
 優しげな笑みの端に覗く憂い。
 私は思わず目を逸らした。
 私はただの拾われ魔女。
 使える魔法など数えるほどしかない。
「貴女は訓練すればいくらでも伸びる素晴らしい体質を持っているわ。諦めては駄目よ」
 小さい子供をなだめる様に、彼女は私の頭を撫でる。
 私は何と答えればいいか分らず、彼女の言葉を待った。
「私には伸びしろなんてないもの。天賦の才能を持っただけで、私はそれ以上になれないの」
 そして彼女は、また地平線の彼方へ視線を移した。
 深く闇のように暗い碧眼に、輝きは無かった。
 彼女はすぐ目の前に居るはずなのに、彼女の心はここに無いような気がして。
 私はつい、思った言葉を口に出してしまった。

「貴女は、何処に居るのですか?」

 彼女は驚いたように僅かにその碧眼を見開かせ、私を見た。
 何を訊かれたのか分らないという表情だろうか。
 私は続けた。
「貴女はいつも遠くばかりを見ている。貴女はここに居るのに、居ない」
 自分でもおかしなことを言っている自覚はあった。
 だが私は怯まずにその瞳を見据えた。
 そして彼女は…声を上げて泣いた。
 その場に崩れ落ちるように、熱い砂の上にくず折れた。
 
 永遠とも一瞬ともつかない長い時間が過ぎた頃、金色の太陽は白銀の月に代わっていた。
 どこか遠くで、狼が啼いた。




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