Nicotto Town


チラシの裏


ガマの精霊

不思議な時間だった。
今思うと、アレは夢では無いかと疑ってしまう。
しかしガマに入ったのは事実で、修学旅行に参加したのも事実。つまり、"彼女"を見たのも事実となる。

彼女は俺がガマに入るなり、俺の隣に現れた。そこからずっと付いて来る。
最初は気付かない振りをしていたが、何気なく顔を向けたのが不味かった。
白色に光り輝いた半透明の存在。長い髪。驚くほどに華奢な体。人形のような顔立ち。
俺は思った。これは幻覚だ。
だが彼女は俺に、事もあろうか話しかけてきた。

彼女はガマの中を歩く俺についてきながら、ゆっくりとガマのことを語ってくれた。
暑さが凌げ、生物の憩いの場だったこと、人間が入りこんで我が物顔で居たこと、仕舞いには爆弾を投げ込まれて真っ黒になったこと...
下手に質問すると返って俺が異質なヤツと思われかねない。だから彼女には悪いが、ずっと黙っていた。
けれども、彼女はめげなかった。あるいは、慣れてしまっていたのかもしれない。
彼女は戦時の様子を特に詳しく話した。俺もそれを食い入るように聞いていた。

彼女は自ら「ガマの精霊」と名乗った。彼女は自然で作られた壕、ガマに住んでいる精霊だという。
ガマが形を持つようになってから、彼女はずっとココを守り、見てきたという。
戦時中におけるガマは、沖縄に住まう人々にとって重要な拠点でもあり、身を守る壁でもあった。
しかし戦争は憩いの場であるガマを破壊し、そして生命を次々を奪っていった。
彼女はそんな人間が可哀相で仕方が無いという。幾多の精霊から、動物から恨まれ、それでありながら戦争を止めることが出来ない存在なのだ、と彼女は言った。俺はただそれを聞き、心の中で頷くしかなかった。
それらは本当のことなのだ。確かにそうなのだ。だから――反論が出来なかった。
俺はそのままガマを抜け、魂魄の塔へと向かった。彼女も勿論一緒だ。
彼女は塔に着くなり、ブツブツと念仏のようなものを唱え始めた。
そこで俺は気付いた。
彼女はいったい、何人の人間を見殺しにすることになったのだろう。
苦しみながら死んでいく傷ついた人間を、打つ手も無く手を咥えて見ていたのだろうか。あるいは出来うる限りの事をして、それでも助けることが出来なかったのだろうか。
ふと彼女の頬を見たとき、一筋の涙が地に落ちた。いかにも悲しそうな、そんな顔で。
だから俺は――。

こんな戦争は二度と起こさないように、胸の奥で熱く誓ったのだった。




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