【『侵されざる者(ダイアモンド)』】(承前-5)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/04/15 02:32:38
《姫》と彼女が内心で呼ぶことにしたその女性は、とてつもなく我慢強かった。
かなりの痛みを伴う検査にも眉一つ動かさずに応じて見せたし、検査機器に長時間拘束されても当たり前のように文句を言わなかった。
少なくとも、自分の個室の外では。
「我慢強いのは結構ですが、痛みで気を失う前に、ご自分で申告していただけませんでしょうか?」
局所麻酔をかけて行う検体採取で、ショック症状を起こした、と連絡があったので慌ててとんでくると、件の《姫》は蒼ざめた顔でこう微笑んで返した。
「だって、初めて受ける検査では、どの程度の痛みが尋常なものか、わかりませんでしょう?」
ショック症状の原因は、採取器具の操作ミスで、誤って他の臓器を傷つけてしまったことによるものだという説明を受けている。かなりの痛みを伴ったはずだ、とも。
そして。
「…ですが、早めに申告してくだされば、お腹にこんな大きな傷痕を作らずに済みましたのに」
気付くのが遅れたせいで、腹腔内に大量に出血したため、急遽、開腹手術をする羽目になったのだった。
が、当の《姫》は、
「服を着てしまえば見えなくなる場所でしょう?何か問題が?」
と、こともなげに言う。傷痕が残ることを本人が気にしていないのならば、問題はない、のだろうか?
「……検査のスケジュールが狂ってしまいました。チームの先生方は調整に大わらわです」
何か論点が違う、とは思うが、《姫》が無茶な我慢をした結果、こうなってしまったのだから仕方がない。
「それは申し訳な…」
「お願いですから、もう少しご自分の体を労わってください。でなくては、目的が達成されません」
「…それもそうですわね。以後、心がけましょう」
幸いなことに、《姫》の我慢強さが裏目に出ることは、その後はなかった。
結局、当初の予定より、十日ほどの遅れで検査は終了し、本格的な「治療」に入る前に《姫》はいったん自宅に戻ることになった。そして、久しぶりの休みのために自分も自宅へ戻ろうとしたところへ、呼び出しがかかった。
すぐに済む用件だから、というので不承不承呼び出しに応じた。
用件自体は、確かにすぐに終わった。が、その用件を聞いたことで、休暇中に大きな宿題を負わされたような気分になった。
「えーと……このカードは……?」
「さっきの説明だけでは判断がしにくいだろうと思って。「機密事項」の壁を、一時的に取り払うカギ。期間限定。君の権限では、機密事項にはアクセスできないからね」
用件は、《姫》のプロジェクトに引き続き「協力」しないか?と言う、所長の要望だった。「参加」ではなく「協力」であることとか、協力者への報酬について説明されたことが不審ではあったが、返答は休暇が終わってからでよい、とのことだった。そして何かのついでのように、一枚のメモリーカードが手渡されたのだった。
「でも……外からはアクセスできないんですよね?ここの敷地内の端末からでないと」
「そうですね」
「しかも、このカード以外へのデータのコピーは不可。プリントアウトも不可、でしたよね?」
紙媒体への記録を執拗に要求する割に、電子データの取り扱いは異常に厳しい。
「まあ、プロテクトがかかっている情報は、ですけどね」
「それは、検討するならここでしろ、ってことですよね?」
「資材課に要望を出せば、専用端末を貸し出してもらえますよ。早ければ十分もかかりません」
資材課の仕事が迅速なのは、よく知ってる。前もって話が通っていれば、五秒で要求した品が揃えられる。
「先ほども言いましたが、協力者には健康上のリスクが伴います。ですから、業務として命令することはできません。よく考えて、自分で決断してください」
どうやら「リスクはあるけれど、それなりの報酬が出る」以上の情報を引き出すことは、この場ではできないようだった。
「…わかりました。資材課への端末貸出請求をしておいていただけると助かるんですが」
「それくらいはわたしの方でやっておきましょう。では、よい休暇を」
所長からの請求だったせいか、貸出手続きは迅速だった。
とはいえ、データをダウンロードするのは、ここでないとできない。
腰を据えて持ち帰りデータを選ぶために、いったん引き揚げてきた部屋に戻ることにした。
*****************
この小説を書きこんでいたUSBメモリーがおしゃかになってしまって、しばらくの間立ち直れませんでした。
仕方がないので、今までアップしたのをPCにダウンロードして、新しいファイルを作って書き起こしました。しくしく…
以前アップした分も、手直しが要る、かなあ…