Nicotto Town



フェアリング・サーガ<2.4>

<from 2.3>

ミラーリング・アバターと似たような機能は、自律判断プログラム、オートボット・アバターにも存在する。しかし自律的な判断能力、概して知性と呼ばれるそれには個体差が存在し、電脳空間上においてもその情報判断基準に規格性を持たせることは難しい。
また、オートボットの収拾可能な情報と言うのは、情報の閲覧というような還元情報の再認識、二次的な認識としてしか得られない。なぜなら、識規格<パーソナル・アルゴリズム>が、その相互性を阻むからだ。その隔たりは黎明期の高級言語とマシン語よりももっと深いものだ。しかし、ミラーリング・アバターは違う。それは、意識情報的な複製<クローニング>にも相当する。被験者の意識を電脳上に複製しアップロードしたものなのだ。これこそまさに化身<アバター>と呼ぶにふさわしい。

したがって、ミラーリング・アバターから得られる情報の認識は、体験型の一次入力のそれと同じ。それは情報認識と言うより融合と呼ぶに等しく、まさしくダイレクトインと同じ効果が得られるのだった。それは通常のダイレクトインで使われる手法―――標的ハードメモリ上に一時的に意識を移すというリスクを回避して、電脳内を徘徊することが可能だった。

その一方で、ミラーリングにも欠点はある。最終的な情報統合の際に不整合をきたすというリスクだ。
情報統合は意味合い的には意識の上書きにも相当する。自電脳に強制アップロードをかけるのも同じだ。許容範囲内ならば問題ないが、不整合に陥ると、分裂症や意識自体を喪失する危険性もある。(だから禁止されているのだ)

しかし、彼はあまりそのことを気にかけたことはなかった。ミラーリングを、よくやっていたからだ。自電脳内において、あまり長時間ではなかったが。

主にそれはアプリ制作において多用された。並列的にタスクをこなせば、その作業速度はべき乗で増加するからだ。ヘブンズ・ゲートを建造する際など彼は二桁までミラーリングを行っている。でなければあのような面倒なものを彼が作るわけはなかった。

しかし、今回は少々事情が違っている。その作動環境が未知の電脳ある点とその活動時間だ。

閉鎖電脳の置かれる軌道プラットフォームは18時間で軌道を周回している。そして6時間ごとに、軌道近傍の通信ゾンテと暗号交信し、約3分間通信ゲートを開いているようだった。

彼はその間隙を狙って、標識ブイから軌道プラットフォームに乗り移るつもりなのだが、一度乗り移ると、軌道プラットフォームの通信ゲートが開くのと再び標識ブイが接近し物理接続可能になるまで36時間かかるのだ。

これほど長い間分離した意識を再統合させた経験は彼にはない。だが、36時間もエルエータから第三ターミナルに接続し待機しておくようなリスクは冒せない。その間にハッキングが発覚すれば、36時間後に彼が戻れるのは自電脳ではなく、拘束用の牢電脳の中だろう。

これは危険な賭けであり、未曾有の挑戦でもあった。だが、興味もある。この電脳はセルだというのだ。それも、とびっきりでっかいスパセルだという。
セルとはデルラジアン通商連合企業系電脳が採用している電脳の構成情報処理単位規格の一単位なのだが、通称スパセル、スーパーセルと呼ばれる電脳は、その電脳構造を単一のデバイス内に格納している。エクサクラス以上の電脳を、だ。
通常、電脳は複数のセルで構成されている。彼がエンターミナルのインターフェースにBCIヘルを用いているのも複数のセルに乗るためだ。それで、膨大なインフォパースを並列分解処理している。もし彼のエンターミナルがスパセル級ならば、彼はファイバー一本を頭に挿せばそれで事足りる。だが、通常そんな規格はない。エネルギーコスト的に割に合わないからだ。あるとすれば学術用か軍用のものだろう。
いったいどんな電脳なのか。それだけでも十分に興味を惹く。しかも、第三ターミナル近傍にありながら知られていなかったのは、タイムラグと言う物理障壁があったからだろう。今回ブライアンがよこした情報によれば、その規模は彼の自電脳の軽く一千倍を凌駕していると言うのだから、これはタダものではない。通信可能時間約三分という時間でその規模が必要とする情報を処理できるのも、このプラットフォームがスパセルであることを裏付けていると言えよう。

だとすれば、防壁は無いにせよ、それなりの装備を用意しておくにこしたことは無い。なにせ相手は未知の電脳なのだ。よって、このようなカニ+カンガルーのような規模になってしまったのだった。

最終セッティングを終えた彼は、有袋類のポケットから這い出した。これで、この電脳体は彼の意識のコピィとして起動するミラーリング・アバターとして機能するはずだ。姿形は似ていなくとも言ってみればこれは彼の分身だ。

それは閉じていた瞳を開いて起動した。動きにくそうな肥満体を起こすと、自身の十倍くらいの大きさのあるバックパックを背負いながらも自電脳内の作業空間で軽々しく俊敏に動いて見せた。問題はない。

そして、彼はヘブンズゲートの前に立った。


<to be continued>




Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.