Nicotto Town



フェアリング・サーガ<2.3>

<from 2.2>

彼は、帰還したオートボット達の持ち帰ったデータを基に、ミッションの準備を整えた。

彼の自電脳の作業空間には、ミッション用の展開したアプリケーションの姿があった。
その容姿は、出来の悪いSFマンガに(最終兵器として!)登場する様な用途不明のパーツがゴテゴテと盛られたロボット(ばかでかいカニのようにも、頭のないカメのようにも見える)を、それとは明らかに違うデザインの(超肥満体質のカンガルーのような)ものが背負っている、あるいはその上に仰向けに寝転がっているカタチをしていた。

これは、アプリのソースコードをデフォルメ可視化した結果であって、実際に起動する際に可視化されるものではないが、あまり見栄えの良いものではない。ハッキリ言って非常に格好悪い。醜悪だ。
彼は、そのなぜか有袋類に似たデザインの、そのまさしく腹部の様な部分にあるポケットのような、制御卓に収まっていた。
一見すると、そのカニとカンガルーの大きさの比率は10対1でカニの方が圧倒的にでかいので、カンガルーは付属物のようにも見えるが、どちらが本体なのかと言えば、この巨大なアプリ全体の制御プロトコルが埋め込まれているのはカンガルーの方だから、そちらが本体なのかもしれない。いや、そもそもこのデフォルメ自体、そのソース量=大きさ、サイズ、というわけではないのだ。多分に、彼が、そのアプリ構造を、弄繰り回し、機能拡張した結果、この姿になったのであって、これはこれで一つのアプリケーションなのだった。
このアプリケーション、その名も、ミラー・オブ・インテリジェンス・エンジンと言う。見た目は最悪だが名前はカッコいい。(見た目はソースコードの可視化プログラムの設定に依存しているわけだが)何をするためのものかと言えば、簡単に言うとアバター製造機だ。
だが、これは単なるアバター製造機ではない。ミラー・オブ・インテリジェンス=知性鏡と言われるそれは、本当の意味でのアバターを製造するためのアプリだった。
電脳体<アバター>は通常、電脳界における使用者アカウントの標章<アイコン>としての役割を担っているだけだが、使用者の脳からみれば、それは電脳界における肉体とも言いえるものだ。
ダイレクトインは、その電脳体をまさしく実体のように操作して電脳界に進入する行為(非常に危険)だが、生体脳は処理速度には問題ない(といわれている)のだが、どうしても情報伝達経路的に限界があり(一般的に手に入る民間製品においては)、人工知性体、自律プログラム群などと比較すると、その効率性は格段に劣ってしまう。そこで考案されたのが、このアプリケーションだった。
これは、意志を持った電脳体を、被写体の複製体しての人工知性体を製造するソフトウェアなのだ。
それは電脳化という技術の黎明期、ダイレクトインはもちろん、ブレインインターフェースさえ完成しきってはいなかった時代に脳科学と情報工学の副産物として生み出されたものだ。
その当時、ミラーリング・インテリジェンスと呼ばれたそれは、被験者の脳内情報を符号化し、現代で言うところのエンターミナルの様なコンピューティングマシンの記憶デバイスに、人工的なハードウェアに移植するという荒行だった。当時はともかく、今となっては、倫理的観点から、その行為は、もちろん違法であり、禁止されている。したがって、このカニ+カンガルーはその旧世界の遺産とも言うべき存在だった。当然、違法なアプリケーションソフトだ。
彼が、そんな怪しげな骨董品の様なものまで用意したのは、放ったオートボット一つがが拾ってきた情報があったからだ。それによれば、その閉鎖電脳は、まったくもって通常の電脳界に対する接点<インターゲート>を持っていないらしい。
だからこそ、電脳界に開かれたインターゲートを持たない電脳、隔離電脳とも言うべき閉鎖電脳に入るには、ダイレクトインする以外にアクセスする方法はない。そのためには閉鎖電脳を格納しているハードウェアに接続しているエンターミナルを介して、その場にインターゲートを創設し、入る。だが今回、その格納しているハードウェアに問題があった。理由は不明だが、どうやら完全隔絶された軌道プラットフォームが、その閉鎖電脳のありからしいのだ。
閉鎖電脳には、その軌道プラットフォームの周回軌道近傍にある第三ターミナルに接続する通信ゾンテ、目標近傍にある軌道交通管制標識ブイを一時的に乗っ取って物理接続することにしたのだが、彼の自電脳の置かれたエルエータから標識ブイを直接操作するには、どんなに巧妙なアクセス経路を巡っていたとしても、リスクが多分に存在し実行的でない。そこで彼が思いついたのが、ミラーリング・アバターを使う作戦だった。一時的な一連の行動指向性を持つように、物理接続に使う軌道標識ブイに人格をコピィしてしまう方法だった。


<to be continyued>




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