別れと出会いの花<下>(自作小説倶楽部お題)
- カテゴリ:自作小説
- 2011/04/05 00:46:46
別れと出会いの花<下> その結果、私はその実行部隊の任務から外れた。 ヨシノは作戦開始前に、私に植物の株を手渡した。 「この花はね、別れと出会いの花なのよ」 彼女は、そう私に言った。 彼女と同じ名を持つそれは、ソメイヨシノ。学名、Prunus × yedoensis。 人工的に創り出されたその花は、自己繁殖する術を持たない。そう、私たちと同じように。遺伝的な疾患を持つ私たちは自力での生殖能力を持たなかった。それは滅びゆく呪われた存在であるかのように思えたものだ。 そう悲観的に考えていた私に彼女はこう言った。 「生きていれば、花をつけ、実を結ぶチャンスはあるわ。きっとね」 そう、それさえも、人類の英知はその呪いさえも克服してくれる。その代償としてバカ高い費用を負担できれば、だ。それは家柄も取り柄も特にない常人に過ぎない私にとっては、手の届かない夢物語に過ぎなかった。 だが、作戦の一員に過ぎない私には、どうすることもできはしなかった。そして彼女は手の届かぬ彼方へと去ってしまったのだ。 それから数カ月後、植生プラントでソメイヨシノが開花しはじめたその日、彼女は死んだ。別れの花となって、星空の彼方に散った。 超新星爆発の兆候を確認した私たちはハイパードライヴに入り、人類認知圏への帰還を果たした。地球を救った英雄として。 しかし当時の恒星間ハイパードライヴはアインシュタインの法則からは逃れることはできなかった。それはウラシマ効果と言う副産物を残された私たちにもたらした。それは、はるか未来へのタイムトリップと言う名の片道切符だ。 それは、帰還後の世界には作戦の同僚以外に親兄弟や友人知人などが全く居ないということ意味していた。元々生きて帰れる保証など無かったから、作戦に志願した時にはそんなことは思いもつかなかった。それに、未来は、彼女と、ヨシノと共にあると思っていたのだから。 「ねえ、まだなのぉ」 しびれを切らして、小さな女の子は私の足にすがってきた。 それは彼女の、ヨシノが与えてくれたものの一つだ。 ヨシノがくれた時間、人類認知圏への帰還がもたらしたものは、ウラシマ効果だけではなかった。 作戦遂行中も帝国は私に給与を支払い続けた。それも私たちの主観時間ではなく帝国の銀河標準時間における換算で延べ二百年以上にわたって、だ。 その結果、私の預金額は、目を見張る数字に化けていた。それは、一生なにもせずに十二分に暮らせるだけの額だ。 だから、それを私はこの子に使ったのだ。法外的に高額な人工生殖医療費につぎ込んだ。 「もう少しよ、サクラ」と、私は視覚隅のカウントダウンを見ながら答える。 私はこの子にあの花の名を付けた。ヨシノが遺してくれた花の名を。 『生きていれば、花をつけ、実を結ぶチャンスはあるわ』 その言葉は真理だったと、この子が生まれたときに私は実感した。 そして、今日、ヨシノがくれた苗木を植えたこの地で、私たちは再会するのだ! カウントダウンが残り1分を切る。計算が正しければ今日それが観測できるはずだ。 この地球でも。 カウンターが0を刻んだ。 閃きと共に、それは広がった。 一瞬にして。 それまで肉眼では到底視認できなかった天体が、一気に肉眼でも視認可能なまで等級を上げて、耀きを放つ! それは、遥か彼方の、遥か昔の出来事だ。 そして、その光(いま)が、広大な銀河を渡り地球(みらい)へと到達した。 そして、私は、サクラと共に彼女との再会を果たした。 一陣の夜風に花弁が舞う。 『これは出会いの花でもあるのよ』 夜空に、ヨシノの声が聴こえたような気がした。
実行部隊の任務は、有効観測圏内から自律判断システムによって遂行される作戦を観測し、必要に応じて補正を行い、超新星爆発の誘発反応を確認することだ。しかし、自律判断システムの性能は信用できないものではなかった。むしろその性能は状況によっては指揮者(にんげん)よりも合理的かつ有効的判断を下せるものであり、実行部隊はその保険にもならないかもしれなかった。
しかしこのプランには、実行部隊が万一失敗した場合でも、期限内に残りの部隊で作戦を遂行できるチャンスが残るという利点があった。確かにこのトラブルの発端のように、遠隔観測では収集可能な情報には限界があり、予測不能な事態が起こらないとも限らない。それでも、この作戦は何としても遂行せねばならなかったのだ。
その要員の選別方法は公平を期し抽籤によって決定された。
しかし、彼女はそうはならなかった。
そう、彼女、私の同僚だったヨシノは、抽籤の結果、実行部隊に選ばれてしまった。それまで一緒だった二人の運命は、そこで決定的に分岐してしまったのだ。
船外から離れ行く実行部隊の艦影に向かって敬礼しながら、私は思わずにはいられなかった。これはある意味棺に納められた生贄だ。人類発展のための犠牲ではないのか、と。
END.
なんとなく「トップをねらえ!」を彷彿とさせるものがありました。
とてもロマンティックです^^