Nicotto Town



フェアリング・サーガ<2.2>

<from2.1>

彼も、ブライアンも、パブリック・サイトやオープン・パースを渡航する際は、アカウント取得時に付いてくるデフォルトパーツのみで構成された表体<アバター>を使っていた。その風貌は、白く輝く歯、割れたあご、短く刈り上げられた角刈り頭、そして極めつけはいかにもタンクトップが似合いそうな全身筋肉ムキムキのマッチョボディ。男性型デフォルト・アバター、通称「サム」だ。

その衣装/格好だけが違うだけの瓜二つのマッチョが、二体並んでいるのでいるのである。その光景はむさい、を通り越してキモい。せめてもの救いは、その二体以外にも、「サム」が、この場に複数いるということだろう。しかし、言いかえれば、現実的には異様な光景でもある。暑苦しい。

「おまえ、例の噂はもう聞いたか」と、ブライアンが彼に訊いてきた。

いいや。と彼が、答えるいなやブライアンは得意そうに言った。

「最近第四ターミナル近傍のローカル・パースじゃ、外宇宙電脳ってのが、噂になってるらしいぜ。それが何だかは、わからないが、なんでも外から来た電脳なんだと」

「外宇宙電脳だって」
彼はそんなもの見たことも聞いたこともなかった。しかしその手の都市伝説はこの超星間通信ネットワークにおける電脳界<インフォ・パース>では、無限にわき立つ炭酸飲料の現れては消える水泡の如く、マイクロセコンドの狭間に無数に生じ、消えてゆくものだ。

「またエルドラルドとか、センシティみたいなものなのか」と、彼はブライアン訊いた。

エルドラルド、センシティと言った、通称「超電脳<メタインフォ・パース>」と呼ばれる都市伝説は、インフォ・パースには常時存在している類のものだ。

超電脳は、まるで世界の真理に迫ることを可能にするものだ。あらゆる電脳の上位結節として君臨し、あらゆる電脳へのアクセスを可能にするスーパーヘブンズ・ゲートとも言うべき存在。マルチパーフェクト・インフォリア。政府の情報機関が作ったシステムだとも、アンヘル・クラス以上のハッカーが作ったアプリだとも言われているが、実際にそんなものを見たものはいない。当然だ。論理的にはあり得ないし、もし存在したとしても、通常の接続器<エンターミナル>ではオーバースペックで、扱うこともできないだろう。

「いや、そう言った類のものではないらしい。「まるで異質で理解不能」あるいは「神の御座」と言える代物らしい」と、ブライアン。

「何だそれは」

「さあな。名前だけの屑アプリなのかもしれん。マッチ×マッチや触れる虹みたいなものかもな」

ブライアン=サムが、白い歯をむき出して、暑苦しい笑みを浮かべる。

「たしかにあれは、名前だけの屑だったな」

既にその名前さえも簡易検索ではかからないようなオールドメモリを呼び出して、彼も苦笑を洩らした。

「じゃあな」と、用件を告げたブライアン=サムはにやりと白い歯をむき出しにした暑苦しい笑みを浮かべたまま消え去った。霞の如く、その静止した像は薄れ、やがて見えなくなる。

ブライアンから依頼されたのは、とある電脳構造の調査だった。
それは稼動中の生電脳と言うだけで、特に抗体防壁が施されているような難攻不落の要塞企業電脳というわけではない。サーチ系ツールアプリを使えばすぐに終わるだろう。
ただ問題は、そこへのアクセス経路が存在しないという点だ。そう、それは独立稼働した閉鎖電脳なのだ。したがって、オープンスペースからの二次アクセス、つまり身代わりアカウント(アバター)による接続はできず、その電脳には直でダイレクトインするしかない。また、アクセス経路及びそのタイミングも限られてくる。なかなかシビアなミッションだ。
彼は以前にも、何度か似たような行為を行ったことがあるのだ。主にオープン前の開発中電脳を徘徊したというものだ。ブライアンはその腕をかったのだ。
会談は終わった。パブリック・サイトのフリートークスペースからログアウト。彼=サムも、また、その場から消失する。
そのまま、彼は、自電脳<パーソナル・インフォ>のホームには戻らず、ヘブンズ・ゲートを起動し、分散並列エミュレーションモードで、複数のサイトに三次の同時アクセスをかける。半自律行動仮想体<セミオートボットアバター>群となったそれらは、「サム」に加え、「トム」「ジェリー」「ジミー」「ジョン」「マックス」というデフォルト・アバターの姿で先々へと散った。その主な目的は、インフォ・パースに検索をかけることと、必要となるアプリケーションの収拾だ。
それらの一連の行動を、複数に分散して行う意図は、単なる時間稼ぎにすぎない。各々の関連性を断つことでその意図を悟られないようにするのだ。
やがて、散ったそれらのオートボット達は、各々の役目を果たし彼の自電脳に集結した。


<to be continued>

アバター
2011/03/02 00:32
久しぶりの更新ですね。(自分の事は棚の上に放り投げてる)



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