フェアリング・サーガ<2.1>
- カテゴリ:自作小説
- 2010/11/22 23:50:51
<from 2.0> 何も見えない。広がるのは闇ばかりだ。 おそらく視覚情報設定のないない電脳なのだろう。 彼は、ポケットからマッチ箱を取り出し、それ一本擦って、投げ捨てた。マッチが落下した地点から、炎が、光が、まるで燃え広がるというよりは、円形に拡散しながら世界が色づくように広がり、世界に光をもたらした。これも、ルックマッチと名付けた電脳強制可視化アプリケーションだ。 照らしだされた世界は、彼と、彼の後ろに立つ、丸いドアノブの付いた開かれた白いドア、ヘブンズ・ゲートだけで、相変わらず何もない。簡易イマジネーションによってオーバーラップ表現されるようなイメージデータは何もないようだ。 「ライヴ」 彼がそう言うと、白い空間は消失し、文字で埋め尽くされた世界が現れた。それが、この電脳を構成しているソースコードだ。形式的にはプラントのマクロシステムに似ていた。何かの制御系の様だ。だが、恐ろしく旧式というか、独特の設計思想を持っているようだ。そして、恐ろしく大きい。最近設計されたデザインではない。 いったいこれは何なのか。彼は、ジベータσ<シグマ>のチャートマップを呼び出した。この電脳のありかを知るためだ。経路は、エル-エータのA-3ブロックのサーバーからエータ・プラントのインフォターミナルゲートを経由し、電脳界<インフォ・パース>へと入り、内惑星ターミナルを何度か経由した後、エータベルトよりも外側の宙域、シグマアウターへと続いていた。それは球形のチャートの外だ。彼は今ジベータσの外にいることになる。しかし、そんなことがあるのだろうか。ジベータ星系の外に存在する電脳など。もし、あるとすれば天文観測プラットフォームか学術ユニットぐらいのものだろう。ならば、このメールはどこからやってきたというのだろう。何かの手違いで、何かしらのデータが彼の元へと届いたのだろうか、まさか、外宇宙から送られてきたなどということはあるまい。 彼は、そのわけのわからないメールただならぬ気配を感じ取り、戦慄した。だが、ここまでだ。その衝動をどうこうすることは叶わなかった。 この時、彼はまだ一介のフリーカーに過ぎなかった。だから、これ以上どうすることもできなかった。もし、彼がパーパに匹敵する、もしくはそれ以上の、魔法使い級<ウィザード・クラス>と呼ばれる電脳使い<ハッカー>ならば、どうにかできたのかもしれない。あるいは、その運命さえ、別のものになっていたかもしれない。だが、彼はまだ、その戦慄が、何を意味することになるのかまでは知り得なかった。 彼は、ヘブンズ・ゲートを辿り、もと来た経路をたどって、自らのテリトリー、多くのものが、現実と呼ぶ世界、エル-エータのD5ブロックにある、汚らしい穴蔵へと戻った。そこにある、自分の電脳に。そして、メールのハード・コピーを作った。 事態が動いたのは、それから何日か経った後だった。既に彼の常用メモリからはメールのことなど、その他のどうでもいい日常のキャッシュと共に消去されて、忘却の彼方に消え去ってしまった後だった。 彼は、仕事の打ち合わせ、という用件呼び出されて、ブライアンに会っていた。もちろん会合場所は電脳上のパブリック・サイトのフリートークスペースであって、リアルではない。そもそも彼の実体(仮に電脳上のアカウントを表体<アバター>と呼ぶならば)が、いまどこにいるのか把握などしていない。おそらく、ブライアンもそうだろう。 <to be continued>
これは迷宮<ラビリンス>かもしれない。と、彼は思った。
ラビリンスはアンチトレーシングプログラムの一種。ハッキングなど許可されていないアカウントから不正アクセスを遮断し、ダミーの接続先に強制転送するカウンタープログラムだ。ヘブンズ・ゲートには、それらを無効化するハッキングカウンターキャンセラー機能が実装されているが、このラビリンスは、その機能さえ無効化できるらしい。もしくは、ヘブンズ・ゲートのリンク・トレーサー、鍵師<キー・メーカー>が、メールの発信源をトレーシングし損なったか、だ。予めメールにアンチ・トレーシング・コードが埋め込まれていた可能性も考えられる。
彼は、再びトレーシング・チャートを呼び出した。遡行経路は内惑星のキー・ターミナルを幾つか経由している。超星間通信ネットワークの結節点として、インフォ・パースが集束するキー・ターミナルで強制転送が起こったならば、もはや、メールの発信源を特定するのは困難だ。
インフォ・パースは、コミュニケーションにおける、距離と言う障害を限りなく取り除いてくれる。自電脳<パーソナル・インフォ>を、超星間通信ネットワークに接続<エンター>できるポート環境さえ整っていれば、超星間ネットのインフラの通ったジベータσのあらゆる座標から接続しているすべての利用者とあっちむいてほいすることも可能だ。理論上は。
何か、旧式の電脳遺産のような感じもするけど、
それが今になって、メールをよこすなんてね・・・・。
ムカ~シ見た映画版「スタートレック」で、
1970年代に宇宙に飛ばした木星探査機ボイジャーが、
宇宙を何百年も飛行後、太陽系外の文明と接触して、独自の進化を遂げ、
探査成果の報告するため、人類を探しに帰ってくるという話があったけど、
この謎の電脳も、そんな感じかしらね・・・単なる勝手な妄想ですけどぉ。。。(笑)。