「しあわせはすぐとなり①」
- カテゴリ:自作小説
- 2010/11/21 16:30:14
がたんごとん、がたんごとん。
電車が揺れる。
窓の向こうで、鄙びた景色が一定の速さで流れていく。
車内はほぼ無人で、向かいの座席を利用する人はいない。同じ座席には私達の他に、うたた寝をする部活帰りと見受けられる学生が一人。
その他まばらに、携帯をいじる若い男性や、文庫本を開く中年女性がいたりする。
西日が窓から差し込み、朝から随分時間が経ったものだと実感した。
中学時代の友人との久しぶりの遠出は、思いの外時間が掛かった。
郊外から町方面へ行ったわけだが、人の多さに戸惑い、道の複雑さに翻弄された結果、目的地へはだいぶ遅れた。
ちなみに目的地というのは私の旧友の通う高校の文化祭。
イベントがあると知るや否や友人――――千鶴は私にメールで連絡を寄こし、三連休の一日くらい羽目を外しても罰は当たらないよな、と思った私が了解を返信したのはつい昨日の話。
そして本日、バスと電車を乗り継いだわけだ。
道中でも私立の広い校舎内でも行き当たりばったりの私達だったが、それはそれで楽しかったのも事実。
親友同士顔を合わせれば当然会話は弾むもの。
近況報告やら恋愛関係やら進路相談やら話したいことは山積みで。
帰りの電車に乗る前に少しだけ、と立ち寄ったジャンクフードショップに結局二時間も居座ってしまった。
そしてやっとの帰り道。
三両という短い田舎の電車に乗った私と千鶴は、今までの勢いはどこへやら。
ぽつりぽつりと会話を交わすような静けさで着席していた。
公共のマナーとか、周囲の乗客なんぞを考慮するという善良な市民の姿勢からでは勿論なく。単に話の種が見つからないだけだ。
完全にネタ切れの私は車外の風景を文芸部らしくどう表現するかに専念していた。
千鶴は千鶴で携帯を片手に私の知らない誰かとメールのやり取りをしている。
このまま無言じゃ千鶴に申し訳ない、とこの沈黙解決の糸口を私は探すことにした。
どちらも久しぶりの息抜きなのだから、最後まで楽しみたい。
会話の始まりの一言を探し続けていた私は、ついに口を開いた。
「クラスって聞いて、何を思い浮かべる?」
何てことは無い。
ただ、私の所属する文芸部の毎週出すお題が今回は「クラス」だったというだけの話で。
締切間近の割には構成なんぞは出来ておらず。
千鶴との会話が助け船にでもなり得たら……ついでに会話も続くし一石二鳥、という判断からだった。
千鶴は一瞬文字入力操作を止め、ちらりと視線を向けた。
それから指の動きを再び開始する。「どういう意味のクラス?」という言葉を添えて。
私も先程の言葉で全容が伝わったとは思わないから補足を始める。
「どういう意味でも。想像してほしい理想的なシチュエーションは、目の前にある小さな紙切れには平仮名か片仮名で『クラス』と書いてある。さあそれを見て何を思う? といったところ」
パチンと左隣りから小さな音がした。
千鶴が白い携帯を閉じた音だ。
顔を見合せないまま、小声のおしゃべりはスタートし、重苦しい空気は融解した。
「……一年一組とかのクラス」
「何故?」
「携帯の変換で一発目に出てきたから」
「……」
間髪いれず理由を求めたら拍子抜けの返答。
元々語彙量は文芸部の私から見ればずっと乏しいと感じていたが、それでももう少し考えてはほしかった。
だからと言ってめげる気はない。
「そこから先は何をイメージする?」
「友達の顔。みんな笑ってる」
そこでおや? と首を傾げた。
今年高校生となり始まった新生活での対人関係は上手くいっていないとはついさっき二人打ち明けたばかり。
つるむ相手はいるけれど、友人だとははっきり言い切れない。まあ性格がこんなんだからね、両方、と悲観的な結論を下したのは他でもない千鶴自身だ。
ねえそれって。
出かかった言葉を何とか飲み込む。
それから、胸の内で吐き出した。
ねえそれって、中学時代のことを言っているの?
車内の先の窓の先の景色の先の。
そのもっとずっと先を千鶴は真摯な目で見つめている気がした。
懐古とか、追憶とか。古ぼけて曖昧で、実体をつかみ取るにはあまりにも不可能な何かを。
「今日、会えてよかったよ」
彼女は過去のクラスを思い出しているのだろうか。
私がいて、千鶴がいて、笑顔があったあのクラスを。私と同じように、その日々はふり返り愛おしむに値すると彼女は思っているのだろうか。
胸の内に灯った淡い光は、普段はひねくれ者の私を正直にさせた。
がたんごとん、がたんごとん。
電車は揺れる。終点が近づいてきた。もうすぐ、さよならだ。
***
部活でのお題:クラス から。
プレ企画にご参加いただきありがとうございました
ヨネさんが当選されていたのですが、
11/27 0:17に友申をさせていただいておりましたが
未だ受理されず、
企画注意書きにもありますように
3日以上お待ちしても受理されませんでしたので
今回の当選は無効とさせていただきました