「きみが隣にいるだけで」
- カテゴリ:自作小説
- 2010/11/19 22:11:21
時刻は午後十時過ぎ。
塾帰りの北林透と、安藤双葉は初冬の夜の寒さに震えていた。とうの昔に冬服に衣替えしたものの、夜風は容赦なく着込む身を凍らす。主に、寒さに弱い安藤の。
墨汁を垂らしたような夜空には、チカチカと星が瞬く。
地上は頭上よりもずっと明るい光が三々五々に輝いていた。
そのまばゆい夜の中、二人は歩幅を合わせ並んで歩く。
「おー、さっぶ。もうすぐ十二月なんだなー」
白い息を吐きながら北林は言う。
暖房のきいた塾の校舎から出たばかりの二人には、帰り道の寒風は身に凍みた。
安藤は北風に肩をすくめ、それから裸の指先に息を吹きかける。白い気体は五本の指を撫でてから、闇に溶けていく。かじかんだ指先がほんの少し和らいだ。
「双葉さー、マフラーにカーディガンってセットなのに、何で手袋を防寒対策に入れないの?」
余りにも隣で寒がる安藤を、見兼ねた北林が尋ねる。
「……うるさい。たまたま忘れたの」
決まりが悪いのか、安藤は暗がりの中のローファーの爪先に視線を落とした。
「大体、透なんて冬服一枚じゃない。そっちこそ、忘れたんでしょ? 色々」
後半の一言に苦笑する北林に僅かな反撃を試みるも、学ランのポケットから取り出されたカイロと、その持ち主のまるで勝者のような笑みにあっけなく終わる。どうやらそれ一つでこの寒さを凌げているらしい。肉体構造の違いに安藤は絶句した。
「全く、双葉ってオレより頭いいくせに、どっか抜けてんだよなー」
そう言うや否や、北林は安藤に示したカイロを元ある場所に仕舞った手で、その凍えた手をひょいと掴み、自分のポケットへ連れ込んだ。
視線はまだ下のままだった安藤は、突然のことに目を見張る。
反対に、当事者の北林はどこ吹く風だ。
「ちょ、何して――――」
「何って寒さ対策」
「そうじゃなくてなんで私が透とこんな恋人っぽいことしなきゃいけないのかってこと!」「え? だって恋人同士だし」
「だぁぁぁさらっとそういうこと言うなバカ!」
恋愛慣れしていない安藤は、面白いくらい慌てふためく。
暗いからよく分からないが、きっとその顔は真っ赤に違いない。可愛いなあと目を細めれば、むくむくと湧いてくるのはちょっとしたいたずら心。
きゅっと指同士絡めれば、頭一つ分小さい隣の体が跳ねた。
予想通りの反応に、北林は笑いを噛み殺す。
安藤は不精不精といった感じではあったが、ふり解く気配は見当たらなかった。
「どうして私が……」
「いいじゃん別に。恋人繋ぎぐらい」
おどけた風に言えば、安藤は納得できないと唸り出す。
過去数回異性交遊のあった北林は、手を繋ぐことにさほど抵抗は抱かない。
だからこそ、安藤の反応は新鮮だった。からかいたくってしょうがない。
次は一体、どんな困ったような、恥ずかしがっているような、怒っているような表情を見せてくれるのだろう?
「あー、あったけー」
幸せを噛み締めて、ポケットの中のカイロよりずっと自分を温める存在をきつく包みこむ。
「寒い」とうそぶく彼女の言葉はこの際無視して。
すぐそこの十二月はどうやら暖かさそうだ。
***
リア充爆発しておしまい^p^
こういうベッタベっタなのも偶には……。