Nicotto Town



フェアリング・サーガ<1.10>

<from 1.9>


入ってきたのはヴァリスではなく、すらっとしたダークスーツの背の高い男だった。オールバックの整えられた黒い長髪はグロスワックスで固められ、後ろで束ねられている。そして、目もとには光透過遮蔽ディスプレンズのメディグラス。その格好は、まるでサイバ・マフィアという感じだ。

男は、どうも、よろしく。と言って順々に握手してゆく。

握手=接触型データ通信。この行為は前時代的社交儀礼の名刺交換に似ているが、このデータ通信は名刺以上のデータを瞬時に相手に提示することができる。渡された情報の最上部にある名前はカイル・ラーゼン。

「はじめまして、みなさん」カイルというその男は人のよさそうな愛想笑いを浮かべながらあいさつした。「私は、カイル・ラーゼンと申します。詳しくは、今お渡ししたパーソナル・データをご参照いただきたいと思いますが、今日、この時を持ってあなた方の御身を預からせていただきますSE‐ESEAの局員です。どうぞお見知りおきを」

SEはルカ-ファウンデーションと関わりあるものなら誰もが知る企業名称だ。SE:セファ‐エンタープライゼス。ジベータを代表する企業連合、デルラジアン星間通商連合の一翼を担う筆頭企業体。このルカ-ファウンデーションを建造し、管理/運営するルカ‐ファウンデーション・ビルディングをも、その強大な組織に内包している企業体だ。

「SE。どういうこと」と、エリスが尋ねる。

「順を追ってご説明いたしますと、本日をもちまして、みなさんはライセンス・スクールを卒業し、SEのESEAに管轄下に入ります」

「それはまた御大層な話だな」と、胡散臭そうにジルバは言う。「一体誰の差し金なんだ」

「あのお方からのご指示でございます」

「あのお方、ね。それは、ヴァリスのことか」

「そういうことになりますでしょうか」と、カイルは曖昧に答える。

「ってぇことは、なにか、ヴァリスがそのESEAのボスってわけか」

「そう考えてくださって構いません」

「あいつが!」ジルバは独り笑いだす。「いったいどんな部局だよ。幼稚園なのかそこは。生意気そうなガキが仕切ってやがるのか」しかしカイルは全く動じず、眉をピクリとも動かさない。「今度は、そこへ行って何をさせられるんだ。お遊戯でもしろってか」

「存じません。私は皆さんをお連れするようにと、言い付かっているだけですから」

「はん! ばかばかしい。ガキの遊びになんか付き合ってられるか。そんなの頼んでねぇし、こっちから願い下げだよ。抜けさせてもらうぜ、おれは」そう言ってジルバは席を立つ。「ヴィンセント、お前はどうする。こんなのに付き合うこたぁねぇ。俺と一緒に来るか」

「残念ですが、これは命令ですので、断ることはできません」

「命令、だぁ」と、カイルを試すようにジルバは挑戦的なまなざしで振り返る。「そりゃあ言ったどういう意味だ。断ったらどうなるってんだ!」

「非常に困ることになると思いますよ」冷やかにカイルは告げる。「既にスクールの在籍記録は抹消済みですし、宿舎の方も僭越ながら引き払わせていただきました。御心配には及びません。引越しの準備は整っておりま―――」

「ちょっと待てぇ!」と、ジルバはカイルの言葉を遮る。「勝手に話進めてんじゃねぇよ! 俺はそんなことに同意した覚えはねぇぞ。だいたいここだって、あいつが勝手に押し込んだんじゃねぇか。変な予定表と一緒によう! あれは自立支援プログラムじゃねぇのかよ」

「それはあなたの勝手な想像です。これは委託研修でして、ESEAへの参加にあたっての基礎的なスキルを身につけるための、前段階、下準備にほかなりません」

「そうかよ。勝手にしな。助けなんていらねぇよ。俺は降りさせてもらうぜ」

「それは、本当に困りましたね。ご理解いただけると思ったのですが」カイルは懐から銃を抜く。「しかたありません。こちらといたしましても不本意ではございますが、あなた方の行動如何によってはケースCにて対応させていただきます。手荒なご抵抗はご遠慮願います。こちらといたしましても、実力を行使せざるを得なくなりますので」

「なっ! 何よそれ!」と、エリスが叫ぶ。

「どう思ってくださっても結構ですが、これは命令ですので、従っていただきます」

「おいおい冗談はやめろよ」と、両手を上げながらジルバ。「そんな暴挙が許されるのか。人権侵害だぞ」

「人権」カイルは不気味な笑みを浮かべる。「人権ですか。面白いことをいいますね。本当にあなた方にそんなものがあると思うのですか。ここはあなた方の故郷とは違う。そして、その事実を認識し容認しているものは我々以外には存在しない。したがって、ここではあなた方は存在しないも同然なんですよ。そうでしょう。なにせあなた方は異星人<エイリアン>なのですから。しかも、入域手続も検疫も受けていないときている」

その言葉に、ヴィンセントたちレガイアン全員が、雷に撃たれたかのような戦慄を覚えた。

しかし、この時はまだ、何も知らず、この男に、ヴァリスにただ従う以外になかった。


<to be continued>

アバター
2010/10/30 13:55
お読みになりましたらご消去ください。
【自作小説倶楽部からのおしらせ】

じぇいさんが講読会員としてご入会なされました
宜しくお願いいたします。
アバター
2010/10/30 13:55
だいぶ読みやすくなったと思います。常日頃の鍛錬の成果ですね。

老婆心ながら、

会話「○○○」の場合、原稿用紙換算で10行以内に、登場人物の位置確認のため、息継ぎの一文をいれましょう。約束事です。



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