Nicotto Town



フェアリング・サーガ<1.7>

<from 1.6>

「もう上がりかぁ。早かったなあ」

居間のソファでは、知り合って以来、何かと理由をつけては、この部屋に入り浸るようになったジルバ・ドラグノフが、ゲームをしながらくつろいでいた。

今朝も、ヴィンセントが教習に出かける直前にやってきて、彼が、これから教習だ、(だから帰れ、自分の部屋に!)と言っても、自分には、今日、講義はない。とわけのわからないことを言い張り、終いには(ここで)留守番してる。と言って聴かなかったのだ。

ヴィンセントは説得を諦め部屋を出たのだが、まだ帰っていなかったらしい。居間には、昼食やらお菓子の包装やら、食い物系のゴミが散乱していた。こういったことにはバーノンとのルームメイト生活で慣れてはいるものの、いい気はしない。

―――というか、いい加減にしてくれ! まったく、こいつは押しかけ女房か。

ゲームに夢中になっているジルバを無視し、ヴィンセントは垂れ流し状態のやかましい音楽を止める。

「なぜ止める」と、不満そうにゲームを一時中断し、ジルバが抗議した。

「ここはおれの部屋だ」

「ちぇっ、かたいことい言うなよ。同郷人だろう」

そう、こいつは何かと言うと、曰く、同郷人だろう。とか、曰く、同じ世界を生きてきたもの同士。などと言って丸めこもうとするのだ。全く冗談じゃない! そんな屁理屈が通用するとでも思っているのか。

「じゃあ、帰れよ」

ヴィンセントはそう言ってジルバを黙らせる。議論したところで、無駄なのだ。どうせ、ジルバは帰らない。何度言っても、率直に、出ていけ。と言ったところで、なにかと理由を付けるか、はぐらかして、居座るのだ。こいつは。

「ちょっと、冷たいじゃない。ヴィンスちゃん」

そう、今日もこんな風に猫を被ってはぐらかす。まともに受けあってはならない。それがヴィンセントの達した結論だった。永遠と不毛な論議が展開されるのだ。いや、もう会話ですらないかもしれない。矢継ぎ早に繰り出される何の脈略もない単語、言葉。それを基軸としてわけのわからない方へ転がりゆく論点。それは、まるでカオスだ。だからもう説得は半分諦めていた。しかし、黙らせるぐらいはする。この部屋の主として。

ヴィンセントは、ジルバを相手にせずにヴァーチャライザを起動し、待機状態だったタスクを呼び出した。

「なんだよ、まだ解けないのか」

さっきのゲームはやめたのか、区切られた面が軸にそって回転する立方体を突き回している。

「難しいんだよ」と、煩わしそうにヴィンセント。

ヴィンセントを悩ませるのは、盤面に並んだ駒の配列だった。

それは平面を9×9のマス目に区切ったフィールドの上に並んだ複数の先細りの五角形をした矢じり型の駒だ。それらが先細った五角形の頂点を、矛先を向け会って並んでいる。ヴァリスから渡されたカードに入っていた「Tsume-shogi」というものだ。そのパズゲームも、件の予定表に組み込まれていた。ただ、明確な期限は設定されてはいなかったが。

Tsume-shogi」は「Shogi」というゲームの変種の遊び方だ。

そのオリジナルである「Shogi」というゲームは自軍20の駒を動かし、互いに相手の駒を取り合うという対戦型のゲームだ。戦いは8種類の個別の動き方をする駒を操り、敵陣の「Oh-sho」という特定の駒を取るまで続く。「Oh-sho」以外の駒は鹵獲することができ、獲った駒を自軍として任意の場所に再配列することができる。ただ「Fu」という駒は自陣側からからみて、直線状に二つ以上配列してはいけない「Ni-fu」など細々した制約もあるが。

Tsume-shogi」は「Shogi」の駒を使ったいわゆる一人遊び<ソリティア>だ。それはパズルと言っていい。自軍と敵軍の両陣営を演じ、自軍が敵軍を「詰む」まで続ける。先攻は自軍で常にチェスのチェックにあたる「Oh-te」をし続ける。一方敵軍の方はあらゆる手を講じてその攻めを逃れる最長の手順を踏まなければならない。そしてその結果、自軍が最短で敵軍を詰ませる手順がこのパズルの正解である。

駒の動きを掴むためのチュートリアルモードは比較的簡単だったが、本題はそう簡単なものではなかった。いまだにヴァリスが用意した問題の半分も解けていなかった。

小一時間ほどトライしたが、いい手は思いつかず、正解には程遠い。駒を動かしては戻しの繰り返しだ。ヴィンセントは、ため息をつき、伸びあがる。

「やっと解けたか。もうこっちは終わってるぞ」
見れば、ジルバが、キューブパズルを誇らしげに掲げている。
これもいわゆるヴァリスの宿題で、崩したはいいが、全く戻せなくなっていた代物だ。形も、面の色も統一され、崩す前の最初の状態にもどっている。

「すごいな!」

「まぁ、こういうのは得意だからな。俺の手にかかれば、ちょろいもんよ」

「へぇ、はじめて知ったよ。意外だ」

普段の感じからしても、そんな風には見えないので、意外だ。と、ヴィンセントは素直にそう思うのだった。


<to be continued>

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2010/10/25 22:57
「押し掛け女房」なら、勝手に部屋の片づけとか、頼んでもいない洗濯とか、家主の好みに頓着しない料理とかするものだと思うけど……

「らぶこめ」の場合だと、そういう事をしようとして、逆に部屋がひどいことになったりする事もあるか。



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