フェアリング・サーガ<1.6>
- カテゴリ:自作小説
- 2010/10/23 22:55:49
<flom1.5>
『コンディションランプ、チェック』
「―――了解。チェック、異常なし確認」
『進路チェック。ローカル交通システム-クリアランス、チェック』
「進路クリア、確認。RTS‐クリアランス、承認を確認」
『繋留ロッド解放』
「繋留ロッド解放を確認。ロッド収容」
繋留ロッドは、船とポートから互いから伸びていて、解放されると音も衝撃もなく収縮し、互いの収容位置へと収まる。
『制御系を譲渡する<ユー・ハヴ・コントロール>。RTS506。グッドラック』
「制御系を受領しました<アイ・ハヴ・コントロール>。サンクス、TCC」
ヴィンセントは目視とセンサ・ヴューでもう一度、周囲の状況を確認する。
異常なし。
大きく息を吐き出す。そして、マニュアル操作でスロットル・レバーをゆっくりと押し込む。それに合わせてエンジン出力が上昇し、教習船は停止位置から緩やかに滑り出した。
舟艇以上の、一定質量クラス以上の大きさのある宇宙船舶及び艦船は交通管制システムの指示に従い、航行しなくてはならない。もちろん管理体制の敷かれていない、惑星/衛星圏及び主要航路以外の公域や恒星系外に広がる深宇宙は例外だ。しかし、船の座標測位システム、自動航行システム、諸々のセンサ群/航行支援システムの大半が交通管制システムからの情報に従って稼動している。切り離すのは自殺行為だ。その支援なしで自律航行可能なのは軍艦か、それこそ海賊船くらいのものだろう。
今回の教習訓練は、一人<ソロ>で、教習船を操り、<ルカ・ファウンデーション>の周りをぐるりと回るコースを巡ってくるだけだ。だがソロで、しかもマニュアルで、と、なると、ブランク期間があったこともあり、有経験者のヴィンセントでも緊張する。しかも、この船は、ヴィンセントが故郷で操ったことのあるものよりも操縦系インターフェースも支援システムも旧式だった。しかしその分、実習前のシミュレーター訓練も、教官の指示通りに飛行する随伴実習も、手順さえ覚えてしまえば、単純な操作で簡単だったが。
そのこともあって、シミュレーター訓練から最後のソロ実習まで1週間ほどで辿りついた。普通なら最短でも1カ月はかかるものを、ヴァリスの予定表でも2週間の期間が割かれていたそれを、彼はクリアしたのだ。あとは数回航行して航行時間の規定を満たせば、ライセンスは自動交付される。これで、だいぶ予定を早めることができるだろう。
ニアが長期実習に出てからヴィンセントはヴァリスの予定表破りに従事した。その理由としては、未来の展望が開けるまで期間がハッキリしたということが大きい。いま自分がおかれた状況を把握し、その先もおぼろげながらも見えてくるのではないか。そうヴィンセントは期待を抱いていたからだ。それを糧とし彼は予定破りに取り組んだ。しかし、それは思うほどに簡単なものではなかった。
ヴィンセントはまるで何かの記録にでも挑戦しているかのように、クラスアップ試験を受けまくり、その都度、ほぼストレートに通過し、回りくどい途中過程を飛ばしまくって、ライセンスの取得に奔走したにも関わらず、予定表で組まれた各課程完了予定との時間差は僅かに数日程度でしかなかった。ヴァリスは預言者かと思われるほど、彼の力量を見切っており、その予測に準じて予定を組んでいたのだ。
このようにして、瞬く間に時間は過ぎていき、ニアが長期実習から戻ってくるまで、あと1週間ほどだ。
なんとか無事に航行を終え、ヴィンセントはゆっくりと船を指定座標へ。船の軌道ベクトルを<ルカ-ファンデーション>の繋留ポートと同期させる。停船。
『コンプリート・アライヴィング、RTS506。見事なものだ』
ヴィンセントは安堵し、大きく息を吐き出した。もう神経を研ぎ澄まさなければならないような難しい操作は無いからだ。
何かが当たった様な軽い衝撃と共に、繋留索が船体を捕まえる。所定の固定位置へ。伸びる繋留ロッド。その接続と共に船はドッキングポートに完全に固定された。
繋留作業に伴うセンサ類及びシステム接続に異常がないことを確認し、ヴィンセントは船のコントロールを管制センターへ委譲する。
「ユー・ハヴ・コントロール、TCC」
ヴィンセントは、担当教官に礼を言って交信を終えた。
実習を終えるとヴィンセントは部屋へと帰る。今日はさすがに疲れた。と思いながらドアを開けると、ヘヴィ-メタルの奔流が流れ込んできた。
<to be continued>