Nicotto Town



【小説】里子の山

私が里子と出合ったのは大学2年の時だった。

当時、ロクに活動していない部に所属し、その場が楽しければそれでよく酒とタバコとぬるま湯の生活だった。
部室という名の溜まり場で、金のない私は大概仲間と共にいりびたっていた。
対面のドアには山岳部という看板が見える。

あるとき、いつものように部室でタバコを吸っていた。
暑いのでドアも開けっ放しだ。

すると、対面のドアがバタンとひらいて、見知らぬ女が出てきて叫んだ。
『ちょっと!着替えるからどっかに行って!』

こちらの部室の中にいる私と、廊下を挟んで山岳部の部室からにらむ女。

『いや、着替えるなら勝手にしなよ?ドアを閉めればいいだろう?』
私はタバコの灰を落としながら女に言った。

『暑いからドアを開けて着替えたいの!アナタが要ると開けられないでしょ!』
『わかったよ。じゃぁキミが着替える間はこちらのドアを閉めるさ』
『ダメよ!私がパンツ一枚になったときにアナタが開けないって保証がないわ』
『そこまで言うなら、そっちのドアを閉めればいいだろう?』
『暑いからイヤだって言ってるじゃない!』
『わかったよ。キミが着替え終わるまで向こうに行けばいいだろ』

私はタバコを消してムッスリしながら部室を出た。
なんだこの女は。言ってることがメチャクチャだ。

校舎の廊下で一人まぬけ面で天井をながめていたがしばらくすると、さっきの女がやってきた。

『ご協力感謝ね。あ、アタシは三島里子。不健康そうなアナタはだ~れ?』
『・・・・・成瀬』
『そう、よろしくね成瀬クン。覗きには来なかったのね。ありがとう、またね』

里子は当時1年生。見知らぬ先輩にクン付けをするような女で、自分の主張をゴリ押しする女というのが第一印象だった。


ウチの大学の山岳部は名前ばかりで、ハイキング部と言ってもおかしくないところだったそうだ。
そういうのに引かれて里子は入部したらしい。
部員も女性ばかりで、今でいう所のサークルに似たものだろうか。

目の前の部室が女性ばかりだなんて、全く知らなかった。

それから、ちょくちょく部室の前で里子と会うようになり、他の女性メンバーとも友達になり、こちらの仲間も合わせて仲良くなっていった。

私たちは車があるが女日照り、向こうはハイキングの場所までの足の確保という双方にとってメリットが多々あったのだ。
楽しい方に流れやすい野郎ばかりだったとも言える。

ありがとう成瀬!と涙を流しながら私の肩をバンバン叩く仲間もいた。

交流部会という名の下、私たちはグループでハイキングに行くようになった。
私の助手席には大抵、里子が乗っていた。出会いは最悪に近かったが、話してみると一番フィーリンが合ったのだ。

二人だけで出かけるようになり、ベッドを共にするのにもそれほど時間はかからなかった。
何度目かのベッドの中で里子が聞いてきた。

『そういえば、最近タバコ吸ってないのね。やめたの?』
『里子と一緒に山を歩くと息切れするからな。体力が削られるようなモノはやめたんだよ』
『ふふふ~偉いねぇー。そんな成瀬クンにキスをプレゼントしちゃおう♪』

何気ないやり取りだったが、今思うとこの時がいづれ里子と一緒になろうと決めた時だと思う。
だから、里子が大学を卒業すると同時に結婚した。

『せっかく、大学出たのに就職先が成瀬クンかぁ。まぁそれも人生だね』

結婚後も私たちはよく山へハイキングに出かけた。娘が生まれてからも、家族三人でよく山歩きを楽しんだ。

娘が17歳になったとき、里子が白血病と診断され1ヵ月後に、まるで急ぐようにこの世から消えてしまった。

あれだけ元気だった里子がみるみる衰弱していく姿を見るのは正直辛かった。

里子は娘の高校の卒業式も、大学入学祝いも、成人式の晴れ姿も、就職祝いも出来なかった。
私は仏壇の里子に報告するたびに涙を流した。

『今度の休みは上高地に行こう。いつか行きたいと思って楽しみにしてたのよ』

生前の里子との約束が果たせないまま8年の時が過ぎていた。
私は里子を失ってから一度も山に行っていない。

そういえば、里子に何故そんなにハイキングに行きたがるのか聞いたことがある

『ん~アタシは山を見ないと息が詰まって死んじゃうからかなぁ~?だから、ほって置くとアタシ一人で行っちゃうよ』

ふと、振り返ると成長して里子に似た娘が立っていた。
娘は古ぼけたパンフレットを差し出した。それは里子と約束していた上高地の旅行パンフレットだった。

『部屋を整理していたら出てきたの。何か気になっちゃって』

と娘が里子と同じ瞳で語りかけてきた。
娘も私と同じように母である里子を想ったのであろうか。

『今度の休みに上高地に旅行をしよう。山好きの母さんは一人で待っているはずだ。8年も待たせてしまったね』

娘にそういって古いパンフレットを机の上に置いた。

娘がにっこり微笑んだ。
その笑顔はありし日の里子にそっくりだった。

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2010/11/04 15:42
 拝読しました。
 いいお話でした。
 娘さんとデートのように山を登る姿を、里子さんは天国から嫉妬しながら見るんでしょうか。
 それとも、微笑みながら慈しみながら見るんでしょうか。
 寂しくて、それでいて優しい作品でした。
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2010/10/27 11:40
拝読しました。
美しい山が浮かんでくるようです。
「山を見ないと息が詰まって死んじゃう」の言葉が印象的です。
里子さんの明るさの中に、
実は抱えていた苦しみがあったのではないかしら・・・と感じられました。
素敵なお話ですね。
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2010/10/25 21:47
前半の元気なお話と 後半のせつなさとそこからの脱却
かけぬける風のような里子さんという筋で話がぶれないと思いました。

里子さんとの出会いがもうちょっとさりげなくても
よかった気もしました。
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2010/10/25 21:23
感激よりも深み、悲しさよりも残された夫のいじらしさ、血縁の強さを感じました。
そして、里子が残していった最高の存在である娘こそが里子そのもであるとも感じ、きっと母が娘に語らせて上高地に行くことを勧めたのだとの思いが強く心に残りました。

出会い時の里子の元気さが余計深みを増している点に感心しました。
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2010/10/23 11:47
里子さんはわがままな軽い女ではなくさばさばした女性だったのですね・

前後二つからなる構成。
後半のエピソードを2分割して間に前半のエピソードをいれると
物語にメリハリがでると思います。
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2010/10/23 10:31
拝読いたしました。

楽しいシーンから、しんみりと。
山に行けば里子さんが笑っていらっしゃいそうなお話ですね。
短いお話なのに、山が似合うキャラクターが強烈に頭に残りました。
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2010/10/19 23:08
切なく、美しいお話ですね。

八年の約束。山へ行かないと息が詰まると言っていた里子。
山を見て何かを吐き出した後、
仏壇で報告する時に、涙することなく微笑みの報告ができたらいいですね。
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2010/10/19 21:25
今回の小説は いつもと感じが違う気がしたよ。
文章を読んでいると その風景が見えてくるような・・
やっぱり 書き方が、お話が、上手なんだろうなぁ。。

最後は心温まるような お話で 終わってて 
主人公の 前向きな気持ちが あらわれているよう・・。
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2010/10/19 20:49
鮮烈な印象を残していった里子さん、好きだな
切なくなるお話だったけど、最後にちゃんと家族の繋がりと優しさが
さらりと描いてあって、そこがまた切ないやら、温かいやら。。。
里子さんなら、8年待たせちゃったけど、からりと晴れた山の空みたいな明るさで笑ってくれそう
ちゃんと来てくれたから良しとするか!って

静かな語り口のこういう小説もいいですね
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2010/10/19 18:13
不覚にも涙が出たじゃんw
ばかああああ;;

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2010/10/19 17:21
大学生活って・・・そんなん楽しい生活話 多いですよねぇ~~~~~・・・ なんか。。。そーなんだあ

・・・って いっつも 思いまふ>< だから。。。 ついつい 大卒の子には キビシくしちゃうんだよなあ

~~~~~・・・ 完全に 「嫉妬」でふね(笑)ww あたし。。。短大卒だから(汗汗);;

それにしても。。。 ホント・・・ いいお話でふ~~~~~><
アバター
2010/10/19 17:08
切ないけれど、どこか心温まるお話ですね。
生き生きした里子さんの性格が印象的です。

8年おきに果たされる約束。
きっと里子さんも喜んでくれるでしょうね。
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2010/10/19 14:32
短編小説うまいなぁ・・・wいつもながらそう関心しながら読むプリムでしたw

アバター
2010/10/19 12:48
うわ。涙。
いい話やね~と思ったです。
短編だから、さくっと読めて~しゅーひさんの書く話が好きです。
また来ます♪

ちなみにプリン爆発? 噴火を楽しむあたり・・・かなり前向き♪ うふふ。
うちの娘も寝ない子でした(-_-) ぐふっ。




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